武田尚子「チョコレートの世界史―近代ヨーロッパが磨き上げた褐色の宝石 (中公新書)」

定評ある中公新書の「世界史」シリーズ。既に「コーヒーが廻り 世界史が廻る」というコーヒーの世界史を扱った本は出ているが、今度はチョコレート。カカオ豆と、それを原料に作られたココア・チョコレートの話である。

『砂糖とカカオの生産地はほぼ重なっている。(p32)』『ココアが知られるようになっていった時期は、ヨーロッパで茶、コーヒーが普及した時期に重なる。(p41)』とあるように、カカオ豆とそれを原料とするココアの普及の世界史は、良く知られている茶やコーヒーのストーリーとかぶる部分が大きい。
すなわち、カカオは、南北アメリカプランテーションで、アフリカから連れてこられた黒人奴隷によって作られ、ヨーロッパに持ち込まれたという、大西洋を舞台にした貿易の流れに乗るものであったのだ。その後、ヨーロッパで薬効のあるものとして上流階級から先に飲まれるようになっていった経過も、どこかで聞いたことがある感じだ。もちろん、だからといって面白くないということは全くなく、カカオ豆特有の事情や製造法、茶やコーヒーなどとの違いに関して重点的に述べていく著者の筆は実に着実かつテンポがいい。

一方でこの本が見せてくれるチョコレートのその後は、お茶やコーヒーの歴史とはかなり趣を異にしている。キットカットと、それを作ったイギリスのロウントリー社を取り上げて、この小さなロングセラーがどのようにイギリスと、世界の人に広がっていったかを述べていく。
元来薬として広がっていったココア・チョコレートの製造は、自然治癒力ホメオパシーに共感を覚えていたクエーカー教徒のネットワーク・ロウントリー社をはじめとする企業群により大きく進展していった。実業を通して、貧困が広がりつつあった当時のイギリスの社会変革も考えていた彼らが、どのような工場をつくり、どのようにチョコレートを宣伝していったか。このあたりの詳細な文化的背景のお話は、真新しくておもしろい。

キットカットを生んだイギリスでは、仕事の「ブレイク」に血糖値を上昇させ、栄養補給してくれる食べ物としてアルコールの代わりに売られていったチョコレート。100年以上たった現在、少なくとも今いる職場では、長い仕事の合間にみんながつまむものがやっぱりおおむねチョコレート菓子であることを考えると、実に適切なものをうまく作って売り出したものだと感心するしかない。

カラーの珍しい資料も満載の、とても楽しい本だった。