三中信宏「分類思考の世界 (講談社現代新書)」

進化と系統学・統計学を専門とする農学系の研究者として、「種とはなにか」など形而上学的な問題について発言してきた著者の、「系統樹思考の世界 (講談社現代新書)」に続く第二弾。
帯がかっこいい。もし、昔の講談社現代新書だったらどんなカバーになっただろうと考えると、少し惜しい。
前著は、進化について造詣が深く、著者の講演や書くものをそのたびに紹介してくださった先輩に感化されて読んだ。難解ではないが含むところがとても多くて、常に考えながら読んでしまうので、頭がショートしそうだった。海外のものを含め、通常の理系の研究者ならまず読まないだろう数多くの文献にあたり、深く深く考えてきた著者の意図の全てを読み解くことは、よほどの専門家でないと難しそうだと読んで感じた。最近の新書にはとてもないその博覧強記、刺激的で深い内容に興奮した。
そういう体験が残っていたので、この本も発売日に入手し読んだ。
読んだ本は全て感想を書くことにしているが、前回の本は数少ない例外になってしまった。その幅広い内容から、どういう側面から書いたものか、難しく考え過ぎて感想を書けずじまい。
いつも思うのだが、本当に中身のある本ほど、感想を書きづらい。しかし今回は、雑然としていてもいいや、と割り切りとにかく書いてみる。

前作もそうだが、この本もさまざまな話題を取り上げて分かりやすく書かれており、決して難解とは思わない。実際、議論を追うためのツールも適切なところで提供してくれており実に親切だ。前著では、「アブダクション」という考え方を知り、この言葉によっていろいろな場面で頭を整理するのに大変助かった。本書でも、例えば、種を、個々の分類群としての「タクソン」と、その集合としての「カテゴリー」という二つの概念を区別する、という考えなどは特に、分類や種概念に関する議論を追うのに重宝するものだった。

こうした導きのもと、分類と種概念に関する研究の歴史が語られる。数学のように分類を公理化しようとするもの、弁証法的に種は実在する単位だと論じるもの、進化というプロセスをふまえて種を考え分類しようとするもの…。現在主流になっている考えだけでなく、過去の遺物としてほぼ忘れられているようなものも紹介しつつ、しかしそれらが実は伏流水のように現在の議論にもつながっていたりすることを明らかにしていく。
心理的本質主義」と呼ばれる、物事の後ろにある本質を見出そうとしてしまうという人間がもつ性質が、「種」の実在を信じさせたこと。そしてこういう性質は簡単には捨て去れないものであること。それを踏まえたうえで分類の方法論と種概念を考えていこうとすることの重要性がよくわかった。一冊を通して語られるこのあたりの主張はわかりやすく腑におちた。
分類の一つの基準として遺伝子配列のデータが膨大に蓄積されているなか、今後人間の「分類するもの」としての認知のしかたもまた変化していくのだろうか、といったことなど、読み終わって考えさせられることが多い。

一方で、研究の一環としてそうした本を読んできた著者ならではの、科学史と科学哲学のすすめ、もまた印象に残った。

科学がたどってきた歴史や哲学を知っている者はそれだけ多くの武器と戦術を手にすることができる。知らない者は無防備な丸腰で科学の戦場に突入していくようなものだ。(p177)

生物を扱う研究者にとって、本書で紹介されるような科学史形而上学的なお話は、あまり本筋に関係がないものとして縁遠いものになりがちだ。しかし、著者が上のように書いているように、それを知ることで得られるものは多い。
個人的にも、まがりなりにも分類(といっても、ほぼ「非生物」のだが)に関わる仕事も少々してきたものとして、分類をしてしまう人間の認知についてや、形而上学に関する歴史と議論は、自分の身にあてはめてみて面白かった。
そういう意味では、種や進化、分類について少しでも関わっていたり、興味を持っていたりするならば、ぜひ読んでおくべき一冊といえるとおもう。研究室の後輩にもぜひ勧めたいところ。

もう一つこれはいい、と思ったのは、著者の引き出しの広さからくる、実に幅広い脇道のエピソードの数々である。井上円了と妖怪と人間の心について、作曲家ショスタコービヴィチとルイセンコの縁、実は昆虫学者としての顔を持っていた「ロリータ」の作家ナボコフと生物学的種概念についてなど、本を読む楽しみは、本筋の論理性とか主張の面白さのみならず、こういう細部の面白さにもあるなとあらためて感じた。
薄っぺらい新書が多いなか、きっと面白いと思ってくれる人がいることを疑わず、こういう骨太かつある意味マニアックな本を二冊も新書で出してくれた人々の心意気に感謝したい。そして、現在著者が行っている先端の統計学などの仕事の話も含めた、現代とこれからの分類や系統学についてのさらに深い一冊が出ることを楽しみにしたい。