「植物の軸と情報」特定領域研究班「植物の生存戦略―「じっとしているという知恵」に学ぶ (朝日選書 821)」

「動かない」植物が、どのように環境に合わせて生きているのか、その生存戦略がさまざまな研究により明らかになってきている。本書は、そうした研究に関わる植物科学系の研究者が、その知見を広く一般に向けてまとめたものである。
と書くと普通だが、この本は、科学者がその研究成果をまとめて編集した一般書として、これ以上ないレベルのものに仕上がっている。もちろん、ある程度遺伝子とかタンパク質について、生命科学の知識があったほうがよくわかることは間違いない。実際、個人的には、現在の研究の基礎となるような知見がちゃんと紹介されていたのは、先端の研究を勉強する手がかりとしてとてもありがたいと感じた。もちろんそういう知識がなくても、きちんと分かるように書かれていることは保証できる。例えば、さすがに「ABCモデル」という花の形成モデルは若干難しくならざるをえないが、「花粉管ガイダンス」という受精の仕組みのところなどは、載っている写真とあいまって、実に直感的でおもしろい。しかも、多くの研究者が執筆しており、その研究テーマもバラバラでありながら、きっちり分かりやすさの質がある程度以上になっているのだ。これはすごいことだ。

日本の植物科学の研究者は、学会をあげて広報活動などに熱心で先端的なイメージがある。実際この本も、あとがきにあるように、植物の葉の形について研究している、多くの一般書の書き手である塚谷先生がアイディアを出して、彼の日ごろのサイエンスライティングのやりかたを充分に生かした一冊となっている。
研究者には、今後このような、一般向けに本を書いてわかってもらう、などの活動がますます求められていくことになるだろう。学会という気心知れた仲間で進めていくのは、一つのモデルとしてとても有力だ。その際に、サイエンスコミュニケーションに長けた人材がどれだけ近くにいるかも大きい。宇宙科学の分野などで先行しているイメージのある一般書、科学コミュニケーションの取り組みの中で、生物系でもっとも成功した成果の一つといってもいいかもしれない。参考にして、自分の分野でもぜひ取り組んでみたい。