戸塚洋二「戸塚教授の「科学入門」 E=mc2 は美しい!」

ノーベル賞を受賞した小柴先生の弟子として、ニュートリノに質量があることを発見し、ノーベル賞はほぼ間違いないと思われていながら惜しくも急逝した著者が、病床で書いていたブログの文章などをまとめた一冊。読んでみねばなるまい、という気持ちで購入した。
本のほとんどを占める著者の「科学入門」という物理学を語る文章の他に、最初に著者の「最後のインタビュー」が掲載されている。東大の立花隆ゼミの卒業生がインタビューしたもので、著者の「二十歳(はたち)のころ」というテーマでインタビューをはじめたものだろう。留学の話、若いときの苦労、など科学を志す現代の若者へ向けた励まされるメッセージとなっている。
そのあとに、著者が幅広く物理学と自分の研究にまで話をしていく文章がおさめられている。話題は、ガリレオダーウィンからはじまって、放射線原子核の研究、アインシュタインの研究、量子力学のはじまり、そしてビッグバンモデルにより宇宙の歴史にまで及ぶ。さすがに物理学はスケールが大きくて、ニュートリノの話まで含まれてしまう話の展開は面白いことこのうえない。ノーベル賞を受賞した、小林さん、益川さんもしっかり出てくる。
ただ、正直なところ面白いのはわかるが内容は実に難しい。冒頭に著者の夫人の言葉が載っているのだが、そこでも、著者に文章を読まされた彼女がその難しさに『数式が出てくると飛ばして読んでるの(p5)』と述べるエピソードが披露されている。ぼくも、実のところほぼ同じように飛ばして読んでしまった。しかし、そういう読み方に対する著者の答えが、この文章を亡くなる前にまとめた著者の意図をよくあらわしている。

「これを読むのは優秀な子供たちだから大丈夫だと思う。それに、もしわからなくても、何かのきっかけになればそれでいい(P5)」

他の科学の分野も必ず難しくて伝えにくいところを含んでいると思うが、素粒子物理学という著者の専門はまた特別だ。しかし、そのエッセンスを、分かった気になれるというレベルに落とさずに語った著者の文章は、次代を担う人間に対する期待・科学に携わっていこうとする若い人間への信頼に貫かれているように感じた。「最後のインタビュー」でも、若い人間へ向けて次のように語っている。あまりにもまぶしく、熱い言葉なので紹介させてもらう。

我々としてはね、もっと皆さんに知恵がついていないと困るんだよ。それは絶対にお願いしますよ。例えば我々は、アインシュタインの理論を、昔の人ほど苦労せずに理解できるわけでしょ?同じようなことが,いまの皆さんもできてくれなきゃ困るんだな。我々がやったことが簡単にわかって、それを役に立ててくれなきゃ困るんだよ。(P40)

科学という大きな流れの中に自分があって、自分は前の世代の知恵を受け継いで発見をした。そして、それは次の代でもっと大きな果実となっていくべきなのだ、というこのメッセージは、科学を志すものを奮い立たせるに十分だ。同時に、自分よりあとに生まれてきたものには、前の世代より高い位置に立って、そしてより大きなことを成し遂げてもらうべきだ、という信念のようにも読める。この信念は、とにかく自分が成し遂げたことを位置づけて残そうとする、自分の生のことを中心に置く考えとは全く違っていて、著者の生き方をとてもよくあらわしているように思った。
このメッセージを確かに受け取って、我々もまた、死ぬ前に次の世代に同じようなことを言えるようにならないといけないな。