原賀真紀子「「伝わる英語」習得術 理系の巨匠に学ぶ (朝日新書)」

仕事柄、英語を使う、使わざるを得ない「理系」と言われる人々に、どのように英語を使ってきたのか、そのコツはあるのか、について聞いたインタビュー集。あまり期待しないで読んだのだが、おもしろかった。
もちろん、6人ものお話が収録されているので、その質や、ためになる度合いにはばらつきがある。正直なところ、養老孟司は少々高所に立ったところから脳や文化論についてお話ししていて、あまり面白くなかった。こういうインタビューでは、自らの悪戦苦闘の跡とか、こういうふうに英語と格闘してきた、みたいな少々恥ずかしいことも含めた実体験があったほうが断然おもしろい。他の5人(きたやまおさむ日野原重明小柴昌俊隈研吾海堂尊、の各氏)のお話は、そういう意味ではそれぞれのキャラクターと体験が前面に出ていて実によかった。
それぞれ、お話の中で英語を使う際のアドバイスのようなものをちょこちょこと出してくれている。自分の言葉で簡単にまとめると以下のようなもの。

  • 話す内容に自信を持ち、なんとか伝えようとすることが大事。

(『まず、自分の喋ることに自信を持っていないとね。中身に自信を持っていれば、表現が下手だろうが、少しくらい不適当であろうが、そんなことは気にすることはない。いちばん大事なのは、自分の言おうとしていることが、はたして価値のある内容なのかどうか。それだと思うよ。(p54、小柴)』)

  • 難しくなくていいからユーモアを会話に交えたい。

(『笑わせるネタをいくつか用意しておいて、それをどこで使うか考えながら話すんです。具体的に言うと、文化の違いをネタにしたものが多いですね。「日本人はこんなところにこだわるんですよ」というような話。自虐的だけど、卑下しすぎない程度にやるんです。あるいは、ヨーロッパに行ったときは、アメリカの悪口を言うとか。(p200、隈)』)

  • 原稿は暗記して、相手の目を見て話すこと。

(『…日本人だけですよ、原稿を読むか、パワーポイントの図表のほうばかり向いて喋るのは。向こうの人たちは、手元に原稿があっても見ない。ほんとうに慣れている。…(中略)…「書いた言葉」じゃなくて、やっぱり「喋る言葉」で喋ってもらわないと、聞いているほうだって眠くなっちゃうよ。(p140、日野原)』)
なぜポンと3つをまとめとして書いたかというと、引用は一人ずつしかしていないが、実はそれぞれの方から出てくるアドバイスが、インタビューの方の聞き出し方もあるのかもしれないが、それにしてはあまりにも似ているからなのである。同じようなことを、複数の人が、違う言葉で話している。
これもそれなりに納得で、理系の人が、相手に自分の得た結果を伝えようとするときのやりかたというのは、日本どころか、世界でもあまり変わらない。エレガントな英語などはいらないし、ブロークンでもいい。論理性がちゃんとしていて、結果が目を引くものであれば、ある程度相手を引きつけることができる。それは海外の学会などに行くとよくわかる。アジア系、イスラム系、同じ欧州でもラテン系とロシア系など、同じ英語とは思えないアクセントと癖のある言葉が飛び交う。
その際に、そして、少々自分を落とすくらいの茶目っ気と、自分の話す内容を覚えておくくらいのことはあったほうがいい、というのも誰もが納得するところだと思う。日本人だから、とかそういうことではないのだ。

世界で自分の得たことをわかってもらおうとする姿、そうしようとして苦労したエピソード、話すときに気をつけていたらうまくいったコツ、などがそれぞれの話し手で違っていて、しかしたどり着くところはけっこう似ている。理系の研究とは縁遠い人がこれを読んでそういう理系における英語の実態、みたいなところを目にすると、英語を使うことに対する考えが少し変わると思う。

さて、ここからは余談的になるが、個人的には、6人の中で、特に建築家の隈研吾の話しがめっぽう面白かった(精神科医きたやまおさむの話もよかった)。
建築家という仕事は、以下にプレゼンで相手に自分のプランをわかってもらうか、が重要だ。そういう場合に意識していることや、よくやる方法を惜しげもなく披露していて実に興味深い。
例えば上に引用してあるように、日本人には難しいユーモアについても、やりすぎない自虐ネタをやるといい、などととても具体的。また、海外で英語でプレゼンをやるときには『演劇的』に『見得を切る』つもりで自信たっぷりにやり、日本では『「なんかすごい建築家だとか言われてるけど、この人は案外馬鹿なところがあって、いい人なんだ」と思ってもらうことのほうが大事なんですよ(p199)』なんて言ってしまう。すごく、よくわかるので面白いが、日本人のメンタリティーがあらわになっていて、ちょっと笑えない。
他にも、プレゼンに国や地域の歴史観を反映するとよい、とか、プレゼンにおいて、論理的なところと逸話をどう混ぜこんでいくか、というところなども具体的な方法論を示してくれておりどれもこれもためになる。とにかく具体的で、何かすぐにできることを読む人に与えよう、とするサービス精神にあふれている。英語でプレゼンや発表をする必要がある人には、この方の部分だけでも、おすすめしたい。

全体として、英語を仕事で使う人にはもちろん、使わない人にも、おすすめできる興味深い一冊。