山井教雄「まんが パレスチナ問題 (講談社現代新書)」

タイトルがあまりに簡単なのであなどっていたが、これはすごい本を読んでしまった。
大学の学部生のころ、世界の政治・経済・外交について論じあうゼミに所属していた。さまざまな話題の中でも、特にパレスチナ問題は歴史的な経緯や宗教的な背景が分かっておらず、議論に取り残されている感がいつもあった。
いずれは少し勉強したいなと思いつつ長い時間が経ち、ふと思い立ってAmazonで評価をいろいろ見てこの本を選んだが、これが大当たり。これを読んでいる人には、このあとのメモ書きなど読む必要はないから、ぜひ買って読んでみて欲しいと最初に書いてしまう。

「神に約束された土地」パレスチナを巡る問題の発端は、第一次世界大戦におけるユダヤ人とアラブ人に対するイギリスの二枚舌だと単純に理解していた。しかしこの本は、最初からそんなところからははじめない。すなわち、そこに至るまでそれぞれのひとびとがにいかに複雑な歴史的な経緯を経てきたかについて、ユダヤ・キリスト・イスラム教のはじまりから、つまり旧約聖書からきっちり説き起こす。
はじめに、それぞれの宗教のはじまりと歴史・その共通点・相違点について、神話の話も含めてしっかりページを割く。キリスト教ユダヤ教と違い国際的な宗教となれた理由は何か、なぜ反ユダヤ主義が生まれてきたのか、についてしっかり語ってくれる結果、こうした背景を知ればこそ、現代の問題が見えてくることがよくわかる。
その後も、一冊のちょうど半分くらいかけて、十字軍、大航海時代フランス革命といった世界史の流れの中に、ユダヤ人の差別と流浪の歴史、シオニズム運動などを組み込んでいく。第一次世界大戦にたどり着くころには、そういったもろもろが全て頭に入っているので、もめごとが起こりうる余地があることがとてもよく理解できるということになっている。
そこからあとは、ご存知のホロコーストイスラエルの建国、中東戦争と一気に現代まで連れて行かれる感じ。ここでは勉強になるとか言うよりまず、とにかく面白いと思った。
中東戦争におけるイスラエルとエジプト、イラン革命後のイランイラクアフガニスタン。冷戦のあおりでばらまかれる武器と、それにより醸成されるテロの下地という悪循環。人間の愚かさが身にしみる後半は、現在の中東問題の根っこを余すとこなく見せてくれる。面白いと言っている場合ではないが、ここまで大きな模様としてそういう姿を描いてくれるのは実にすばらしい。

こういう問題はどちらかの立場に立って見せた方がわかりやすい。もちろんこの本ではそうはならない。ユダヤ人とパレスチナ人の男の子2人が進行役となり、どちらに肩入れすることもなく、どちらの事情もくみながら話は展開していく。互いに理解し合おうとするこの2人の少年が、それぞれの民族の不幸を嘆いたり勝利を喜んだりしつつ最後に行き着くのは、この状況の何ともいえないアホらしさだ。
このまんがは、村上春樹も語った「壁」の建設で終わる。こうしてひきつけられて一冊読まされてみると、この問題について大きな関心と興味を持っている自分に気づく。もちろん、これはあくまで入門編に過ぎない。この先、どのような状況が訪れるのか、きちんと見ていこうと思うきっかけになる一冊だ。