星新一「明治・父・アメリカ (新潮文庫)」

ショートショートで有名な星新一の名前は誰もが知るところだろう。この本は、彼が自分の父親・星一(ほしはじめ)の若き時代について、何冊かの本を下敷きにして書いた評伝。
以前、同じ著者が、製薬会社を興して官僚組織と戦う父の姿を描いた「人民は弱し 官吏は強し (新潮文庫)」を読む機会があった。そのときに、その本に書かれた以前の星一の姿を書いた本としてこの「明治・父・アメリカ」を知り、いずれは読もうと思っていたのである。
明治時代、「天は自ら助くるものを助く」と説いた「西国立志伝」を座右の書に、福島の田舎から東京へと出て勉強し、さらには単身アメリカに渡り、サンフランシスコからニューヨークへと苦労しながら自らを高めていった主人公。『計画を立ててこつこつ努力をする性格(p172)』の星一がさまざまな困難を一つずつ乗り越えていく姿は、言うまでもなくすばらしいし、刺激を受けるところは大きかった。
しかもその立派さは、明治時代の人だから、というのとは少し違う。その時代にも、東京で勉強しながらも怠惰に流されるものや、アメリカ留学を果たしながら日本人どうしの馴れ合いに安住してしまうものがいたようだから、それらを全てはねのけて成長しようとしていった姿はますますまぶしい。今でもこういうマインドで一歩ずつ進んでいく人がいたら成功するだろうな、と思う。今でも、留学をしてもこれほど自分から苦労を買って、一つずつ工夫して乗り越えていこうとする強靭な人はなかなかいないだろう。
だからこそ視点を変えると、こういうムズかゆいほど立派な父の姿を辿って記録していく著者はどんな気持ちでいただろうか、ということを想像してしまう。この本の続編ともいえる「人民は弱し官吏は強し」についても言えるのだが、田舎から一人出てきて、家族への思いを持ちつつ成功していった父の姿を、実の子どもが、『他人あつかいしていいのだ(p67)』と自らに言い聞かせつつ、しかしいろいろな思いを持ちながら淡々と書いたのかと思うと、まったくなんということのない箇所で胸がぎゅっとなる。
父が、その父母に感謝していたことを知り、その家族を大事に思っていたことを改めて実感するときの子どもの気持ち。父とは全く違う分野で一つの世界を確立しようとしていた息子の気持ち。そういうものをどうしても考えてしまうから、星新一のこの二冊の父に関する評伝は、淡々としていながらとても感慨深く、面白く読めたのだろうと思う。

人民は弱し 官吏は強し (新潮文庫)

人民は弱し 官吏は強し (新潮文庫)