田口晃「ウィーン―都市の近代 (岩波新書)」

ハプスブルグ家の首都として、皇帝と市民がともに主役であった都市・ウィーン。この本は、ウィーンという都市が現在に至るまでの歴史を、都市のあり方をめぐる政治的対立や、その時代時代の政治思想が反映されて建てられた建築物などの紹介を通してみていく。
ちょっと堅めの本かな…と思いつつも、実におもしろく読めた。

実際にこの秋にウィーンに行ってみたのだが、この街はまた実にいろいろな要素が混在している。大通りに面した、皇帝のおられる場所ですよ!と主張しているような仰々しい建物。ふと裏に入ると、オシャレなカフェや、芸術を押し出した歴史的建造物。少し離れると、実用的であることを重視した、しかしどこかクセのある一般向けの公営住宅があったりする。そしてそれらが、どれも街の観光のウリとして今に残されている。
そういう不思議な風景は、いろいろな政治思想の人々が自分の主張をウィーンという街で試してきた結果なのだ、ということが感じ取れるのがこの本。

例えば出てくるのは、ヒトラーが共感し、フロイトが不快感を抱いた今世紀初頭のウィーン市長ルエーガー。キリスト教社会主義によるその都市政策の光と影。
さらには、第一次世界大戦後の、理想主義的、社会主義都市政策。「赤いウィーン」と言われた政策による、学校や公共施設の充実。もちろん限界もあったとは書いてあるが、既に消滅しているハプスブルグ家について書かれた本には出てこないウィーンの姿を見せてくれていておもしろい。
いずれの時代の記述においても、公共施設をどうするか、財源をどうするか、など、少々くどくも大事な話にも一通り触れられている。利害を調整するという政治の難しさとそれを乗り越えて都市についての施策を実行することの大変さが見えて、こういう記述もまたとても興味深く読めた。

都市ガイドというような本ではない。都市政策の歴史について、われわれがよく知る人物も絡めて語ってくれる、実に濃厚な一冊。