行方昭夫「英文の読み方 (岩波新書)」

英文を読むのは得意だ。英語に関して読む本は、だから、英語をどう書くか、ということに関する本が多い。ひさびさに「英語をどう読むか」に関する本を読んだのは、人に教える機会があって、「自分はなぜ読めるようになったのか」ということを否応なく考えさせられたからだ。もちろん、自分ももっとよく読めるようになるポイントが何かあるのではないか、という気持ちもあった。

著者は、長年英語を教えてきた大学の先生。例文として出てくる英語は、思ったより難しい。推測できるレベルではあるが、知らない単語もけっこうでてくる。しかし、単に難しいのではなく、生きた英語というべきか、細部をしっかり読んでようやく見えてくる景色があるような文が多く、読み応えがあっておもしろい。

得られる有益な考え方も、多い。
しかし、乱暴にまとめると、結局、王道はないのであった。

まずは、ある程度の多読で英語の流れに慣れること。そして、辞書をしっかり引いて、丸暗記でない、文脈に沿った単語の意味を定めていき、細部を確実に読めるようにすること。さらに、前後の文のつながりをよく見て、一つ一つの文の言わんとすることを文脈に位置づけること。
背景にある常識や文化を知らないと正確に読めないことも多い(p129)、という指摘なども実にもっともで、英語をきちんと読むことの難しさととその道のりの長さを感じさせられる。

ただ、全体としてこれは自覚しておこう、と感じたのは以下の点だ。

英文を一読して大まかな意味を理解したように思えても、それを訳文として日本語に置き換えてみると、意味の通らないところやニュアンスを間違ってとらえているところなどが思いがけずくっきりと浮かび上がってきます。(p174)

自分で人に読み方を教える時は、「だいたいこんな感じ」「このあたりは読み飛ばして」…と、すすっと読むようにやってしまう。だがそれは、正確に読む力があるからこそできるのであって、そういうおおまかに捉えるような読み方ができればいいのだと思ってしまうと、著者が言う「ピンぼけ」な読解になってしまうのだ。
遠回りでも、きちんと辞書を引いて意味をとらえることの大事さ。それを繰り返すことで、英語における説明・描写のしかたのクセやニュアンスがわかってくる。

少し話はずれるようだが、考えてみれば、ふだんあまりにも英語からニュアンスを読み取らねばならない場面が少ないのだと思う。著者は、英語のメールで、さる契約のゴタゴタがこじれていく状況に出くわした時に、相手の文面の怒りのニュアンスなどを感じた、と書いている。
自分に被害や責任が降りかかってくる状況になると、人間は文面と文脈からなにかをどうにか読み取ろうとする。ぼくも例えば、自分が頑張って投稿した論文のレビューが返ってきたときなどは、レビュワーが好意的なのか批判的なのか、どういうところに不満をもっているのか、放っておいてもいいのか…といったことを徹底的に読み解こうとするから、よくわかる。
でも、ほんとうは、そういう場面でだけ書き手の意図や気持ちに繊細になればいいわけではないのだろう。普段から、どれだけ一語一語に繊細になれるか。時間は限られているしキリがないので難しい問題だが、そういう地道な努力こそが、英語に対する鋭敏さを養うのだろう。

じっくり読んでいるうちに、英語に対する取り組み方をいやでも考えさせられる、実に真っ正直で王道な一冊。でも、著者の口調はあくまで柔らかく、導かれるような感じはとてもいい。
最終章には、翻訳へのステップとして、日本語にどう乗せていくか、といったことに関して多くのヒントを提供してくれている。一連の英文を著者と読解してきたからこそ、すうっと耳に入るアドバイスがある。翻訳に興味がある人にもとても有益だ。