立川志の輔・玄侑宗久「志の輔・宗久 風流らくご問答 (文春文庫)」

誰が聞いても間違いのない落語家、立川志の輔さんと、小説を書く和尚、玄侑宗久さんの対談本。寿限無、芝浜、あくび指南、蒟蒻問答など、落語の演目をテーマにありとあらゆるテーマについて語られる。
対談というのは難しいのだろうなと思う。よほど話を聞いて展開させるのがうまい人でない限り、テーマがなかったり、あっても漠然としたものだったりすると、全体として雑然とした、まとまらない話になってしまいそうだ。実際、そういう対談をただ字に起こしただけという本も時折みかける。
しかしこの本はうまくやっている。仏教に関係があるお話も多い古典落語の演目の成り立ちや設定のおかしさ・リアルさについて、和尚が突っ込んだりおもしろがったりするところなど真新しくて読み応えがあった。また、基本的に江戸時代などの昔のお話を話す落語の演目をテーマにすることで、現代の社会に関する考え方だとか、江戸時代の考え方のおもしろさだとかが浮かび上がってきていてよい。
例えば、『「人生は死ぬまでの暇つぶしだ」っていう考え方のベースにのっかって、すべての落語ができ上がっていますね』と語る志の輔師匠に、『悟っちゃいけない…暇つぶしということでもいいですけど、落語の世界では煩悩すらも、実に活かしようだよという、そういう世界のような気がします(p53)』と返す和尚のやりとりなどは、落語を捉える和尚の考え方が出ていてなるほどと思った。他にも、「風流という言葉は人格の揺らぎを褒める言葉だ」という考え方なども、じつに味わい深い。煩悩や風流を楽しむ、という落語的考え方はわからなくもなかったが、煩悩と戦い風流とは別なところにいるイメージの和尚さんからこうした考えが出てくることで、より明確なものとして感じられた。こういう感じで、本の後ろの要約にも書いてあるように、違った視点から落語を掘り下げるような対談になっている。
こうしたテーマとともにもう一つこの対談で何度か出てくるテーマが、こうした考え方を持つ人々を演じる、という落語家のおもしろさや難しさ、普段の工夫について。噺を完全に覚えてすらすら話しているうちに、「こいつはこう話しそうだ」というセリフが自然に出てきてしまうので、そういうセリフを覚えておく、という志の輔師匠。反復を繰り返して身に染み付いたころに出てくる自然な、しかしこれまでになかった自分のセリフ、という考え方は、ものを作っていこうとする人の思考法としてとても参考になる。プレゼンの練習などにもそういうところがあるかもしれないなと思いながら読んだ。
他にもこういうふと考えさせられる、気づかされる会話があちこちにあって、さらっと語られながらも奥が深い一冊だった。