柳井正「一勝九敗 (新潮文庫)」

ユニクロの創業者であり社長である著者が、創業以来の歴史とその企業理念、経営哲学を語る。5年以上前の本だが、さすがにタイトル通り、失敗しては前を向いて立て直していくそのアグレッシブさを読まされては、おもしろくないわけがなかった。
ぶらぶらとしつつ、はじめに就職した会社をやめて家業に就いた息子の主張を認め、25歳でポンと家業を任せてしまった著者の父親。結果論と言えるかもしれないが、子どもの才覚をしっかり見抜いていたとするとすごいことだ。もちろん、その後、いつでも誰でも着られるカジュアルウェアの大量販売を志向し、自力で現在の形にまで会社を大きくしていった著者もまたすごい。現在こそそのやり方がグローバルに通用するのではと考えられているが、25年前はさすがに違ったろう。コンセプトを持ち長い目で経営に臨むことがいかに難しいことか。
この本は、著者の体験を通して、一人の経営者がどのようにその実力を磨き、発揮していくのか、というモデルケースになっているように思う。会社を大きくする過程で自らがどのようなことを学んでいったか、どのように組織を変えていったか、という段階を一つ一つ見せてくれているのはとてもおもしろかった。会社は、成長とともに日々変わる必要があるし、経営者は常に学び続けなければいけない。必ずしも、最初からできなくてもいいのだ。
ただ、若くして会社をそのまま任せられ、あれこれやってみる試行錯誤の時間が許されたことが、経営者としての素質を磨いた面は大きいかもしれない、と読んでいて感じた。

失敗してみないと、それを乗り切る方法はわからない。最初から失敗しないように教育を受けると、修羅場に立ち向かえない。最初から苦労を設定したり、うまくいかないことをわかっていてやらせるのは変だが、人並みはずれたリーダーシップを発揮できる人には、そういう遠回りにも思える失敗とリカバリーの時間が必ずある気がする。著者が一度社長を退いたあと若い人に経営の一線を任せたものの、結局復帰せねばならなかったことは、そういう一流の経営者を育てる「失敗」の経験の難しさを示しているのかもしれない。

実行しながら、気づきながら、どんどん計画を作りかえていく。計画は実行するためのものでなくてはならない。実行しながら「体得」することが一番だ。(p159)

しかし、そもそも、現在のビジネスを取り巻く環境と時代が、失敗を許す状況にはなさそうだ。失敗して体得することが許された著者と同じようなことを、新たに経営者を育てようとするときにできるかと言えば無理かもしれない。
著者が何度も強調する、失敗を認め切り替え直すことの大事さ。どんなに経営の勉強をしても、これを体得するのはとても難しいように感じるが、どうなのだろうか。『成功することは、保守的になるということだ(p196)』と言い切り、組織のダイナミズムを大事にして経営をしていくのも、数知れぬ失敗があってこそだろう。
経営のおもしろさとそれに臨む姿勢はわかった。しかし、そういう経験を積んでいくこと、一流の経営者を育てることの難しさを逆に強く感じさせられた。