菊池夏樹「菊池寛急逝の夜」

ひさびさに、単行本を衝動買いしてしまった。

編集者として仕事をしてきた菊池寛の孫が、

これまで広く紹介されてこなかった菊池寛の最期と彼の葬儀の模様を克明に再現し、後世の資料に供したい。そんな思いも手伝って本書を執筆した。(p234)

とあとがきで語るとおり、もはや七、八十歳になった叔父や叔母らに話をきいて、菊池寛の思い出とその死の模様を書いた一冊。
確かに、「こころの王国」「口きかん―わが心の菊池寛」と読んできて、彼の生涯の様子は何となくつかめたが、その死に方に関する記述はほとんどなかった。それを知る必要があるのか?というのは自分で考えてもよくわからないが。
快気祝いの夜に彼が突然に逝ってしまったことは、この本ではじめて知った。家族から見た彼の普通な一日の過ごし方と、そんなごく普通の日の、にぎやかなお祝いの夜が急転する様子がよくわかる。菊池寛が住んでいた家や庭についても細かく記されていて、「その夜」の様子がとてもイメージしやすくなっている。
さらには、葬儀の際の、川端康成らの弔辞も一通りおさめられていて、一分野を支えた大物の、唐突な死への同時代人の反応が興味深い。

こうして書いてみると、実になんてことはないノンフィクションなのだが、菊池寛となると読みたくなってしまうのは芸能人の追っかけに近い気持ちかもしれない。
それはやはり、前にこう書いたことがあるのだけれど、

菊池寛は、儲からない作家という職業を、文芸春秋という互助組織を作り仕事を分配し合うことで、みごとに世間的に暮らしていけるだけの職業に変えてみせた。サバイバルできるかどうかは個人の才能によるのはもちろんだが、それでも幸不幸はある。ある分野が成熟していくには、そうしたリスクを減らすべく、分野全体の底上げを(私欲なしで)目指そうとする人間がやはり必要なのだ。
猪瀬直樹「ピカレスク 太宰治伝 (文春文庫)」 - 千早振る日々より

菊池寛という人の、自分の好きな分野を広げていこう、後輩たちを持ち上げていこうとする志の大きさに、惹かれてやまないのである。