大澤武男「ユダヤ人 最後の楽園――ワイマール共和国の光と影 (講談社現代新書 1937)」

ナチスによるユダヤ人大虐殺についての本は何かと見る。しかし、その一歩手前、第一次大戦後のワイマール共和国の時代に数多くのユダヤ人が活躍したことは知らなかった。文化、芸術、科学、政治などの幅広い分野で、カフカフロイトアインシュタインなどの偉人が輩出した。なぜこの時代に、多くの分野でユダヤ人が活躍しえたのか。また、その後の破滅的な歴史にどのようにつながっていくことになったのか。そういった問題意識から語られる、『二つの戦争のはざま』であるワイマール共和国の時代におけるドイツの歴史。
そもそも第一次大戦までにもユダヤ人は差別と偏見の中にあった、という歴史から話ははじまる。その後、第一次大戦におけるドイツの敗戦とともに彼らが自由を得て活躍していく様子は、その民族としての歴史やその当時の社会状況を考えるに納得がいくとともに、その後の悲劇を知っているだけに、はかなさすら覚える。
ユダヤ人であることを意識しなかったり、伏せていたりしながらも、どこかで『ユダヤ人であること』が周囲の人間の意識に影響を及ぼして歴史は我々が知っている方向へ進んでしまう。ドイツという国に所属意識を感じ、そのためによかれと思って行動していたユダヤ人までもが、自分に向けられる偏見を打ち払うことができない。あらためて、悲劇としかいいようがない。この本を読むことで、よりその後の破滅的な歴史への理解が深まったように思う。
長く、根深い差別にさらされた一族や民族が、特にその中の優秀な人々が、自由を求めて行動していくのは当然のことだ。しかし、一人ではもちろん、それなりの人間が集まっても、長い歴史の末に蓄積されてきたものは振り払えない。「死刑執行人サンソン」を読んだときにも、死刑執行人という一族に向けられた偏見の根深さ、彼らが歴史の流れの中でそれを受け止めながら生きていく様に心を打たれた。この本にも同じような、しかし比べるにはあまりにも重い歴史の悲しさを覚えた。
内容的にも、政治的側面だけに偏らない人物の紹介のしかたが、読んでいて飽きなくて面白かった。