森本哲郎「ウィーン―世界の都市の物語 (文春文庫)」

ウィーンといえば何が一番に思いつくだろうか。音楽の都。ドナウの流れるハプスブルグ家の首都。…どうにも曖昧なイメージしか浮かばない。

この本を読んで、19世紀末のウィーンにおいて、美術・音楽・建築・哲学や文学など、さまざまな分野で文化が大きく花開いたことを知った。戦前からウィーンにそこはかとない憧れを抱いていた著者は、大人になり頻繁に訪れるようになったウィーンで、その街で活躍した人々のあとをたどり、こうした「世紀末ウィーン」で活躍した彼らの面影をこの文化の街に探る。
エスペラント語を開発したザメンホフ、その街の孤独な雰囲気を小説に活写したカフカ、潜在意識という新しい世界を開拓したフロイトシューベルトにベートーベン、官能的なクリムトに夭折したシーレという画家たち…。知っている人も知らない人も含めて、華々しい部分と暗い部分が隣り合っていたウィーンという街の雰囲気を背景に活躍した人びとの姿は、とても魅力的だ。

クライマックスは、哲学そのものを破壊したと言われる天才哲学者ヴィトゲンシュタインと、かのヒトラーの数奇な共通項をたどりつつ、ウィーンの生んだ二人の破壊者の姿を追っていく章だ。ウィーンという、多様性をもつ複雑な街から、多くの芸術家・学者らとともに、この全く異質な二人が生まれている。そういう、ドラマチックな歴史を生んできたこの街に、いっそうの興味を引かれた。
著者の感情と回想が混ざりつつ、読みやすくも、しっかりと歴史を振り返る文章には引き込まれた。