森見登美彦「きつねのはなし (新潮文庫)」

夜は短し歩けよ乙女」とはまた違う雰囲気の、少々おどろおどろしい京都が味わえる短編集(帯には「奇譚集」とある)。
キャラクター造形の巧みな噺家さんが、古典落語の怪談噺を一席語っているような感じ。そういう噺によくあるように、親しみのある仲間のいる日常的な場面から、知らず知らずに幻想的な、怖い世界に足を踏み入れて行くところがうまい。最初から怖かったら、面白くないしのめり込んでいけないのである。
しかし舞台は、お江戸でなくて現代の京都であるところが違う。観光でしか訪れたことのない京都の、自分にとっては異国のような雰囲気のなかで繰り広げられる物語は、その舞台設定の細かさもあいまって、とても新鮮である。
鴨川にかかる橋だとか、南禅寺水路閣だとか、見たことのある景色が出てくるとそれを思い返しながら読んだりして、それもまたいい。

古道具屋でバイトをする「私」が出会う古い屋敷の謎めいた男。どこか京極夏彦の雰囲気が漂う「きつねのはなし」、妙な先輩の生活とその彼女の不思議な関係を「僕」が見つめる「果実の中の龍」、微妙な年頃の高校生たちと関わる大学生の主人公が歩く京都の夜の路地が目に浮かぶ、今の季節にぴったりの「魔」。そして、東山の古いお屋敷で行われた、祖父の通夜における不思議な出来事と家族の謎が交錯する「水神」。
それぞれの短編には通して読むとわかるリンクがあって、それもまたこの本に統一感を与えている。
すっきり謎が解けました!というような物語ではないけれど、個人的にはそういう話のほうが、色々想像しながら余韻を味わえるので楽しい。