町田康「夫婦茶碗 (新潮文庫)」

いや−まいった。饒舌なダメ男の生活というか、人生を描く二編。二編とも、意味の分からないまま、笑いとともにどこかに連れて行かれるような疾走感がたまらない。
どこかで、この人には落語の素養があると耳にしたことがある。確かに、ちょいとあんた、するってぇとなにかい、と聞こえてきそうな会話のテンポとか、幻想というかナンセンスな笑いなどは、それがよく出ているように思う。この作品のそういったトーンは人によって合う合わないがあるかもしれないが、ぼくにはとても面白かった。
そういえば、昨日、二人で飲んだ際に友人が、それはそれは一年くらいでよくもそんなに仕事や人生が展開するものだ、と感心してしまうような怒濤の身の上話をしてくれた。その際に、激務で気が狂いそうだった仕事をやめて、日雇いをしつつだらだらと暮らしていたころ、「俺は小説を書いて暮らすんだ」となにとはなしに確信して、1、2ヶ月集中して書いていた、という話をしていた。
その友人のそう思うに至る過程や、支えてくれる彼女とごく自然に出会ったきっかけ、そしてもう駄目だと思えるようなときに誰かが現れて次の仕事につながっていくところなどを、まさにこれは小説だ、と思いながら聞いていたのだ。そういう、偉いことを言うのでもなく、大都会で生きていくので精一杯の生活のなかから、ひょっとして人の気持ちを動かすような物語が生まれるのかもしれない、とふとそのときに感じた。
もちろん彼の身の上話とは全く性質の違うものだが、それでも、この小説に見えるような頭が沸騰しそうな妄想だとか、自堕落な生活のありかたとか、衝動的に何かバカなことをしようと思いついてしまうパワーというのは、日々世間に生きづらさを抱えつつも生きているような人間が、なんとなくでも実感、もしくは確信していないと書けないものだ。それを笑いを随所に取り入れて、これだけ読みやすく一気に読ませる形で書いてしまうというすごさ。
最近出ている小説も評価が高いようだ。ぜひ読んでみよう。