船山信次「毒と薬の世界史―ソクラテス、錬金術、ドーピング (中公新書)」

中公新書の、栽培作物や人間の役に立つものの歴史に関するシリーズは、特に内容を確かめずに安心して買ってしまう。今回もそういう一冊。
コーヒーが廻り世界史が廻る」や「茶の世界史」、最近読んだ「ジャガイモの世界史」など、トピックとそれぞれの著者の知る植物の知識などが面白くてのめり込めるものが多い。
この本も、毒や薬となる物質に関するトピックを通して、化学・薬学・医学の歴史をさらえる。話が飛んで若干とっちらかった印象もあるものの、特に本草学にはじまり幕末に芽生える日本の化学研究の歴史(第三章)や、北里柴三郎が活躍する明治以降の薬学研究の歴史の記述が実に面白い。海外から輸入した学問を日本に元からあった伝統的学問とどのように折り合わせ、新たな学問を拓いていったのか、その難しさを含めて考えさせられる。
現代になり、分析技術が向上したからこそ分かる知見も興味深かった。正倉院に保存されていた生薬に含まれる成分を分析して東南アジアとの関係が見えてきたり、昔の文献に記載されている物質の正体を明らかにしたり。そういった歴史に残っているものを現在知られているものと照らし合わせる研究は、今の時代に生きているからこそ感じるロマンがある。
大麻覚せい剤との相違点や同じ点などに詳しく触れるなど、現代の毒と薬に関する話題も豊富で勉強になった。話は少し違うが、カビ毒の一種である麦角菌の有毒成分(アルカロイド)はお産の際に子宮収縮効果があることからよく用いられていたそうだ。その子宮収縮成分からできた誘導体が麻薬の一種であるLSDであることなどは、知っていてもいいはずなのに今回初めてちゃんと勉強した。
『毒と薬は不可分である(p229)』という考えも、この本を読むととても納得がいく。こういう話題には引き続き興味を持っていきたい。