永田和宏「タンパク質の一生―生命活動の舞台裏 (岩波新書)」

久しぶりに生命科学系の一般向け本を。まず、タンパク質と言われてもなんだかよく分からない人のために、この本の「はじめに」から引用を。

タンパク質と言えば、すぐに牛や豚などの肉、あるいは大豆などの植物性タンパク質など、食べ物を一般には連想する。しかしタンパク質は、食物として大切なだけではなく、私たちの細胞をもっとも小さな単位とした「生命」の営みそのものを担う、もっとも大切な働き手なのである。(「はじめに」より)

こうしたタンパク質がDNAの情報を基にして生まれ、体の中で正しく働き、処分されるまでを一生にたとえ、その様子から生命の精巧さに迫る。この引用からもわかるように、この本は、一般の人がまずどう考えるか、どこから説明したらよいか、というところにしっかり立ち戻って、噛み砕くように段階を追って話を進めてくれるところがとても丁寧である。そのうえ、タンパク質の形を整える装置のことを『電気餅つき器(p77)』、タンパク質の輸送系のことを『葉書方式と小包方式(p102)』などと、うまく考えた、しかもマイルドでやりすぎない程度の比喩が多く使われていて、なんとか分かってもらおうというサービス精神にあふれている。現場に立ち続ける現役の科学者にして、この丁寧さとサービス精神。見習いたいものだ。
さて内容については、著者も書いているように、一章二章はDNAとタンパク質の関係など、知っている人は知っている話で特に新味はない(しかし説明はわかりやすい)。三章以降が俄然面白く、タンパク質の一生について、自らの研究の体験や最新の知見も交えてさまざまな方向から述べていく。
遺伝子(DNA)にスポットを当てた本や、筋肉や消化などに働くタンパク質を細かく紹介した本はよく見る。しかし、全般的な「タンパク質」を対象に、その「一生」に話を絞って、折り畳みや輸送について一般向けにわかりやすく書いた本はあまりなかったのではないか。
タンパク質の折り畳みや輸送については、今注目されている病気などを理解するにはなくてはならない概念が含まれている。例えば、複雑な過程を経て線維として合成されるタンパク質であるコラーゲンが異常に蓄積するのが肝硬変や動脈硬化であるし、さらにはアルツハイマーやパーキンソン、白内障などもタンパク質の折り畳み(フォールディング)が異常になって起こる病気である。これらをなんとなくでも理解するには必須な知識を、一冊を読み終わってみればまんべんなく得ることができる。とても良い視点でためになる、おすすめ本が出た。