志ん朝一門「よってたかって古今亭志ん朝 (文春文庫)」

2001年に惜しくも亡くなられた名人、古今亭志ん朝の弟子たちが師匠との思い出を語る一冊。
さすがに噺家さんたち、しかも同門の勝手知ったるメンバーが集まって話しているだけあって、話が面白い!志ん朝さんについては、どちらかというと彼の芸の良さだとか、その魅力についての話を多く目にしてきた気がする。この本では、「師匠」としての志ん朝について、数人しかいない弟子という立場から話しているので、身近にいるものしか分からない人間味や心温まる言葉がたくさん読めた。
噺家の稽古は、師匠と弟子で差し向かいで座り、はなしを口から耳へと伝えていく。今ではテープや本なんかでよしとする人もいる、とこの本では話されているが、多忙を極めたであろう志ん朝にして、弟子に稽古をする前に、話を一通りおさらいしていたというところに驚いた。どんな師匠弟子の関係でも、師匠がそれなりに偉くなったらなかなか手間のかかることは弟子にはできないものだと思っていたが、やる人はやるものだ。そして、そういう姿はきちんと弟子に見られているのである。
この本に出てくるように、弟子が師匠の家に毎日通いで修業している関係というのが今でもどのくらいあるのかはわからない。ただ、ありきたりな感想になってしまうが、そうやって身近にいることでしかわからない、伝わらないものがあるのだなぁとしみじみ思った。おかみさんとの関係も含めて弟子なわけで、そういう葛藤だとかは、ご飯を作ったり、家事をするところまで踏み込んだ関係になるからこそわかるものだ。逆に、そうまでして育てようとする弟子を取るときはそれなりの覚悟がいるわけで…。弟子にするしないというエピソードもまた、楽しい。
師匠曰く、『無駄なお金、無駄な時間を使って、先はどうなるか分からない世界』に、あこがれの師匠の背中だけを見て飛び込んだ弟子たちの話は、同じく「先はどうなるか分からない世界」にいるものの背中を少しだけ押してくれる。いい本だー。