高見沢潤子「兄小林秀雄との対話―人生について (講談社現代新書 215)」

小林秀雄というと、難しい箴言が出てきそうなイメージがある。この新書は昭和四十五年に出たずいぶん古いもので、小林秀雄の実の妹である著者が兄との対話を綴っていく形式になっていて、楽に読める。
言葉使いも平易なら、その語るところも実に易しい。しかし、彼の難しい本をほとんど読んだことのない自分でも、彼が妹に語る仕事に向かう姿勢や批評の精神などの話にその哲学のエッセンスが含まれていることを感じ取ることができる。
しかも、それが実の妹に語っているだけあって、年下のものへの敬意と励まし、優しさに満ちていて、読んでいて実に勇気がわいてくるのだ。
例えば、この文章を書いている自分くらいの年齢になると、時間をなんとか無駄にしないでぎりぎりまで仕事をしたい、早く何かを成し遂げたい、と考えるのもしかたがない。遠回りが怖くなるのだ。しかし小林秀雄はこんなことを言うのである。

「そりゃ時間はだいじだし、無意味に時間をすごすことはいけないかもしれないが、無意味とかむだとかいうものはだれにもきめられないんだよ。ある人にとってひじょうにむだだと思われるものが、ある人にとっては、ひじょうに必要でもあり、また、大きな価値があるんだから。時間をうまく使う、無駄なく使う、ということはひとりひとりちがうんだ。」(p163)

たくさんの批評の名作を世に問うた人にしての、この言葉。もちろん必死にやるべきときがあるべきなのだろうが、そういう面だけで何かを成し遂げられるわけではない。そういう、表も裏もあるのだよ、一人一人違うのだからマイペースで自分の仕事をやんなさんな、という言葉のもつ余裕と優しさ。これがあちこちで感じ取れる。兄妹だから引き出せる言葉もあるのだろう。
たまにはこういう本もいい。ちなみに古本屋で百円。