佐藤優「人間の叡智 (文春新書 869)」

彼の本は難しい、という声があり、編集者の求めに応じて語り下ろし形式で書いた、と著者が述べるこの一冊。語られるのは、お得意の国際関係、政治のありかたについてであるが、それが日常の仕事や生活に結びついてくるようなところが、語り下ろしの良さといえる。
著者が必要だと感じているのは「叡智」である。英語で言うと「インテリジェンス」だそうだ。彼の本のタイトルで何度か出てくるキーワードだ。生き残るための知恵、知識、という意味らしい。
著者の本の面白いのは、やはり歴史をしっかり踏まえた上での議論をしているところだ。歴史は繰り返す。資本主義と社会主義という冷戦の図式が崩れ、国家が生き残るために争う、いわば再び帝国の時代になった現代。その時代においては、国家の機能が強化され、社会のありかたも変わっていっている。この時代のありかたは、冷戦時代のこと、マルクス主義のことをよく知るからこそわかることがあるのだとこの人からは思わされる。沖縄も、TPPも、そういう視点から見るととてもよくわかる。一つの視野を与えられる。
そのうえで、特にこの本の主張で重要と思ったのが、「物語」という言葉である。どの国も、政治家も、生き残るためにリーダーシップをとって物語を作っていく。どういう物語が人を動かしうるのか。著者は、歴史を知り過去の物語を参照することとともに、アイロニーやアナロジーといった、ひねった考え方が重要になってくるという。教養が不可欠で、さらに真面目だけでは語れない物語。そういう考えができるエリートの養成が重要だと語る著者の考えは、反発を覚える人もいるだろうが、これからの時代に合ったものであり、この流れに対する支持が少ない日本を憂う気持ちは理にかなっていると感じられる。
読んでみて、語り下ろしでもやはり多くの人には難しい(理解から若干遠い)内容かと感じた。しかしそこに、著者の気概とこの本の存在価値がある。これを読んで、考えようとする人こそが、彼の求めているものだろう。国家とは、歴史とは、エリートとは…そういった、この本の理解の基盤になるようなことを普段から考えている人は、一流大学を出ている人でも決して多くない。社会を動かせるエリートを作る。簡単に書いても、これほど難しいことはない。