竹内健「世界で勝負する仕事術 最先端ITに挑むエンジニアの激走記 (幻冬舎新書)」

一人の世界的エンジニアが世界を相手にハードな競争に挑む…というイメージだったが、良い意味で読んだ印象は少々違った。企業への就職など考えていなかった一人の若者が、熱い思いを語る先輩に感化されて半導体のエンジニアの世界に入り、世界と勝負するに至るまでの成長の過程は、「仕事術」というよりは社会人のビルドゥングスロマンとでもいうべきドキドキ感がある。自分のために社内の制度を変えるなど、自分に必要なものに向かって一直線に向かっていく著者の姿は、仕事の楽しさをこれでもかと教えてくれる。
才能のある人の進路を決めるのは、損得ではなく、ある場所で人生を賭けて働いている人の熱心な言葉だったりする。人生の先輩が後輩に与えられることはたくさんあるが、中でも一番大事なのが、彼らの心に火をつけるような熱意なのかもしれない。そして、それをもらった著者がまた学生などに同じ気持ちを伝えていく。著者がお世話になった人からもらった『君は私に恩返しはできないよ。これを君に続く次の世代に返してあげなさい(p61)』との言葉は、全ての「誰か先輩にお世話になった人間」(そうではない人の方が少ないと思うが)の心にぐさっとささるパワーをもっている。
さらに、そうしていろいろな人の力を借りて留学したMBAで著者が実感した哲学が、また、自分のためにただ進むことがよいのだという考えとは対極にあったというところも面白い。シリコンバレーは実は評判、人間関係が大事だというところは、知ってはいたが感心する。もっと、日本の若い人の間でもこの考えが当たり前のように浸透してくるといいのにと聞くたびに思う。

こう書いていくとどんどん自分のしたいことをしていく人のように見えるかもしれないが、この本からは全くそういう印象は受けない。むしろ、ギリギリまで、就職してMBAまでとらせてもらった会社に義理を通し、誰よりもその会社を良い方向にもっていこうと粘った著者の姿がそこにはある。この粘りが、後でいわゆる同じ釜の飯の仲間が助けてくれたりすることにつながっていく。
若いほど、自分の実力を過信するほど、このあたりを勘違いしやすい。実力があり、その方向が正しければ、すぐにでも独立して関係を絶っても、同じことを考えているみんなが助けてくれる、と思ってしまうが、そうではない。案外、義理堅いか、仲間のことをギリギリまで思ってくれるかというあたりを人は見きわめている。
グローバルに活躍するために自分を高めていく面白さとわくわく感が語られる一方で、こういった、ちゃんと周囲にそれを返していくこと、周りとの関係を重要と思いながらやっていくことの大事さを説教くさくなく、その経験から読者に伝えてくれるこの本は、ビジネス書の中でも異彩を放っている。
現在の著者の大学での経験も含めて、若者にどうすれば成長を実感してもらえるか、どのような組織がいい仕事を生み出しうるのか、について与えられる示唆はとても大きい。

守りに入って生きていて、のけぞって後ろに倒れそうになると、人は案外冷たいものです。その一方、果敢に挑戦し、前のめりになって、つんのめりそうになると、人は手を差し伸べてくれる。(p200)