細将貴「右利きのヘビ仮説―追うヘビ、逃げるカタツムリの右と左の共進化 (フィールドの生物学)」

「フィールドの生物学」と名付けられたシリーズにふさわしく、フィールド感・現場感にあふれる生物学が展開されるわくわくする一冊であった。
分子生物学実験にやりがいを感じない学部生時代を過ごしていた著者は、旅行と生物が好きな若手研究者である。大学に入ってしばらくたってふと耳にした「カタツムリばかりを食べるヘビがいるらしい」という言葉から、大冒険が幕をあける。カタツムリの右巻き・左巻きの進化に興味があった著者は、沖縄には一般には珍しい左巻きのカタツムリが多数存在することを知り、「カタツムリばかりを食べるヘビ」は右巻きのカタツムリだけを食べる、「右利き」の捕食者なのではないかと考える…。
大げさな言葉だが、フィールドの生物学とは縁遠い自分(とたぶん多くの一般読者)から見ると、著者の、仮説を確かめるための道のりはまさに大冒険と言っていいだろう。標本調査からはじまり、学会に積極的に参加して関係のある研究者に突撃してきっかけをつかみ、そもそもほとんど見つかっていない幻のヘビを西表島で苦闘の末手に入れ、今度はカタツムリを揃えて、実験のための場所と装置は…とないものづくしの中を突き進んでいく著者の姿には、思わず応援したくなる熱意が文面からも感じられる。
ただ自分の冒険譚を熱く語るだけの本でないところがまた、すばらしい。「負の頻度依存選択」による左右非対称の生物の例を示す導入部の一章、実験の発端を述べ、実際にヘビの歯の数が左右で違っていることを見出し自分の仮説に自信をもつ二章と、章ごとのテンポの緩急も良く、わかりやすい。あまり生物学に詳しくなくても、次々と読めてしまう面白さがある。

タツムリとヘビ、双方の形態や生態に精通した著者は、まさしく、我らの世代の若きナチュラリストである。関連分野の紹介の役割も果たしているこの本で、動物生態学に興味を持つ人が増えることは間違いないだろう。
研究に関わる人には、やる気と熱意を注入してくれる本である。いろいろな人におすすめ。