相原孝夫「会社人生は「評判」で決まる 日経プレミアシリーズ」

個人の自立、組織からの独立、属さない生き方…そういうキーワードで仕事のしかたが語られることが多い近年、しかし、そうした本を読んでもピンと来ない人も少なくないはずである。この本は、そういう風潮に疑問を抱き、真っ正面から、組織で仕事をする人のありかたについて考える。

組織に属していながら、「組織人」を目指さないという風潮が見られるようになり、近年、その傾向がますます強まってきているようにさえ思われる。このことに対する危機感が、これまで述べてきたことのベースにある。置かれている環境と、目指している方向が乖離する状況にあり、企業と個人の双方にとって不幸な状態が続いている。現代は企業社会であり、それは今後しばらく変わりそうになく、多くの社会人は企業という組織に属して仕事をしていくことに変わりはない。(p209-210)

さて、組織で仕事をする場合、この本のタイトルどおり、「評価」(成績)がよくても意味がない、「評判」が良くなくてはだめなのだ。この「評判」を大事にする考えはまさに、梅田望夫さんの本で言われていたシリコンバレーでの習慣、「転職する際に、前の職場でチームのメンバーとして評価されていたかどうか、を考慮に入れる」という考え方と通底している。実際、この本でもヘッドハンターの考え方として『これまでの職場において周囲と良好な関係で働くことができていた人は、他社に勧めてもリスクが少ないことになる。(p64)』と書かれている。仕事の成績に関係してくるだけではなく、個人が幸せに仕事をできるかどうかも、周囲の評判がどうか、にかかっている。
この本では、著者がコンサルとして目にしたり耳にしたさまざまな例から、評判がいかに形成され、それが人事の決定に深く関わるかについて説得力をもって語られる。こうしたことを理不尽だ、実力だけで地位は決まるべきだ、と考えている人は、おそらく学生か、よほど実力主義の組織に勤めておられる偉い方か、どちらかだろう。そのくらい、この本は仕事をするうえで本質的なことを言っている。
一匹狼でも成績がよければいい、という個人主義的な雰囲気が行き過ぎてチームとしての力が発揮できなくなる状況は、チームに属する個人にとっても不幸である。それを解決するには、「「自らの評判を高めていく」ということに意識を向けていくこと(p161)」が重要であり、それは自分も周りも良くしていくこととつながっている。よりよい地位を得るための八方美人、とか媚びている、というのとは違う。心地よく組織で仕事をしていき、よりよい仕事をみんなと協力して成し遂げていくための「評判」。裏を返せば、それがある人は、より大きな立場から仕事ができると考えられてもおかしくない。実力があると思っている人ほどこれに無頓着だったりするが、それは、もっと面白く仕事ができるかもしれないのにもったいないことだ。

この本は、「評判」の大事さを語る本筋がしっかりしているだけでなく、実際にどのように仕事をしていくことで「評判」を高め面白く仕事ができるか、について書かれた細部もまた、秀逸である。評判のいい人の三つの代表例「他者への配慮」「実行力」「分相応であること」(p188)。そうあるにはどうすればいいのかについて考えさせるエピソード。仕事の意味を問い、直接的に自分に役立つものだけを得ていこうとする効率的な態度の問題点について。根回しの必殺フレーズ「ちょっと相談させてもらっていいですか?(p96)」など、どれもこれもまっとうで、かつすぐに自分に当てはめて考えてみたいことばかりだ。

今自分のいる大学という職場。若ければ若いほど、実力さえあれば、と思いがちだ。しかしそんな実力主義の場所ですら、意義のある、かつ大きな仕事をするには、他人への配慮をしつつ、それぞれの年齢や立場で本質的な役割を果たせるかどうか、仕事を実行力を持ってできるかどうか、という評判は絶対に無視できない。
この本が、より多くの人に読まれ、当たり前だよね、と言われる日が来ればと望まずにはいられない。