堀正岳「理系のためのクラウド知的生産術―メール処理から論文執筆まで (ブルーバックス)」

話題の一冊。もはや説明不要のG mail、DropboxEvernoteから、Mendeleyというソフトによる文献管理、それらのより応用的な使い方まで懇切丁寧に解説している。理系研究者以外にも役に立つのは間違いないが、ますます雑用が忙しく時間のなくなる時代、クラウドを用いた仕事の効率化は、もはや理系研究者にとっては必須といってもいいだろう。

Dropboxの登場は、家へのお持ち帰り仕事を格段に楽にした。しかしそれでも、職場のパソコンの中身を全て見られるわけではない。昔見た論文の一節だとか、かなり前のメールの内容だったりが必要になることもあり、結局職場に行かなくては仕事が進まないことは今でも多い。
著者は、Evernoteをうまく使えばそうした問題も解決できる、と述べる。特に、英文メールのフォーマットを全部Evernoteに入れてしまえ、というアドバイスには眼が開かされる思いだった。英語の表現を検索して、それをベースに書いていくという作業がかなりスムーズに、しかも家でも職場でも同様にできるのである。もっと進めば、職場内で、後輩に英語のメールの書き方などを教える時に、ファイル共有機能を使うことでかなり簡単にできるだろう。なぜ今までやろうとしなかったのか不思議なくらいである。

他にも、実験アイディアやウェブの情報をどんどんクリップしていくとか、クラウド上に論文データベースを入れてしまえとか、Googleドキュメントで論文を執筆とか、どれも実際にやってみたくなる術がたくさん紹介されている。すぐに必要で使えるものからそうでないものまであるので、読者が自分に見合ったものから取り入れていけばいけるのがまたよいところだ。

この本はさらに、『作業効率を最大化するための「考え方」の部分にも踏み込んで解説を行います。(p12)』と述べているように、技術的なものだけでなく、考え方をどうしていったほうがいい、という点についても、うざったくない程度に書かれているのが、これまでの自分の習慣を見直す刺激を与えてくれる。
例えば、この本で紹介されている例で言えば、いくらメールをうまく処理できるようになっても、しつこくメールチェックをしていたら、いつまでも時間の節約は出来ない。メールをチェックする時間を決めるべし、そもそもメールはそういうものだ、という意見はもっともであり、そういう考え方を持つことが時間を生み出すことにつながるのも同意できる。
他人の時間を奪うことになんの躊躇もない人は確かに存在する。しかし、そこで足を引っ張り合ったら互いに厭な思いをするだけだ。少し最初は軋轢が生じても、自分の時間を意地でも確保しようとする気持ちと、それを実行に移す考え方(メールチェックの回数を決める、電話には常には出ない、など)がとても大事だなと考えさせられる。電話にある時間は出ないというルールの設定について、著者は下のように覚悟を語る。面倒だが、こうして少しずつみんなで時間を大事にしようとする動きを前に進めていくしかない。

しかしメールに比べ、このルールを周知するのは「自分のことばかり考えている勝手な人間」と思われるリスクをともないます。私は多少自分勝手でも自分の貴重な時間を守るべきだと思いますが、それを良く思わない人まで納得させるのは無理です。常に電話されるのを拒否するのではなく、本当に割り込まれたくない場合に限定して電話を遮断するなど、実際的な割り切りが必要です。(p70)