水島昇「細胞が自分を食べる オートファジーの謎 (PHPサイエンス・ワールド新書)」

その道の第一人者である大隅先生の門下生が『オートファジーをテーマとした初めての一般書(p213)』を書いた一冊。バイオサイエンスにおける話題の概念であり、ある程度フォローしてはいたものの、せっかくだからちゃんと勉強してみようかと購入。
とはいっても一般書である。「タンパク質とは」「細胞とは」というところから話ははじまる。福岡伸一が書いていてすっかり有名になった、細胞は日々入れ替わっている、というお話から、「ではどうやって入れ替わっているのか?」という疑問を導き、本題のオートファジーの概念へと入っていく。
生物は変わりながら成長していく。受精卵から大人の個体へと、そして再び次世代を生み出す体制へと。細胞自体が違う機能を持つものに変わっていく。これが分化であり、それに関する研究は多く、面白い本もたくさん出ている。しかし、と著者は書く。

しかし、これまでの研究は分化に際してどのようなものが新しく補充されるかということにのみ、焦点が絞られてきた。その一方で失われているものがあるのだが、残念ながらその研究は遅れていた。本来、変化とは入れ替えなのである。(p28)

なるほど、である。こういう一般向けの科学の本を読んでいると、それが扱っていることが勉強になるというよりは、難しい話をする前の導入はこのようにすればいいのか、というような点に目がいってしまう。「オートファジー」と言うのは生物学をやっていても全員がわかっているような話題では必ずしもない。そのため、こうすればわかってもらえる、というある意味鉄板な導入を見せてくれる本がこれまでにあったわけでもないだろう。この本のように、自分の分野をわかりやすく説明する、そのための導入を考えることは、科学者の一つの大事な責務と言ってもいいかもしれない。

それにしてもこの本、ただの解説書でも一般書でもない。飢餓状態で誘導され、生存に必要な材料を準備する働きがある、というオートファジーの働きとして意味どおりのスタンダードなところから入っていき、さまざまな生命現象との関連について広く語っていく。
普通に良く言われていることだけを書くのではなく、最新の知見ではこういうこともありうる、というまだ反対意見があるような、研究者のディスカッションレベルの話もしてくれている。個人的に、「〜かもしれない、〜の可能性がある」というレベルの話はいろいろ妄想してしまって興奮させられる。平易な言葉遣いながら、他分野の研究者にヒントを与えてくれるようなレベルの高さと深さがあり、お得感満載である。

電子顕微鏡の重要性をあらためて感じさせられるなど、基礎研究からこそ大事なことがわかってくる、という著者のスタンスにとても共感して読んだ。手抜きなしのおもしろさ。