中谷彰宏「「出る杭」な君の活かしかた (アスカビジネス)」

簡単に読める自己啓発本、というイメージのある著者だが、久しぶりに読んでみると、この本がまたすごかった。
著者の強みは、広告業界で働いていたときに、これ以上出来ないくらい突き詰めて働いた経験のようだ。そこまでしないと見えない仕事の本質というか、社会の見方みたいなものが、文章から見えてくる。
同じ本を読んだわけではないが、頭でっかちで、仕事に没頭する前の20代で読んだ中谷彰宏と、10年やってみて仕事の面倒くささも面白さもわかってきた30代で読む中谷彰宏は、全く印象が違うものだと知った。職場の先輩などでこの本に書いてくれるようなことを言ってくれる人がいたら、それはとても貴重なことだ。

この本では、「出る杭」というキーワードから、仕事ができるとはどういうことか、仕事を真摯にすることとはどういうことか、についてが、現場感覚あふれる言葉で語られていく。仕事をはじめるまえとか、はじめてすぐくらいではピンとこないだろう言葉が、直球で投げられてくる。言葉自体はシンプルそのものだしわかりやすいが、その裏に含まれる意味合いがとても深いものがある。
自称「出る杭」、と著者は書く。「私は仕事ができる、先が見えるから叩かれている」と自分で言う人は、ちょっと違うのだ、というところからこの本は入っていく。

できるひと、自由奔放に見える人ほどフォローがすごい。著者いわく、

そもそも「出る杭」で、打たれている人はいません。
まわりの人との間にできた差を埋めていく努力は、突出した人間がやるべきことなのです。(p36)

テレビや、身近な人から聞くうわさ話で伝わってくる像だけでその人を語れることはない。できる人・リーダーシップを持っている人ほど、「あの人は勝手な人だからねえ」とかひそひそと言われたり、噂されたりする。密かに叩かれることも多い。でもそれはその人の実像をあらわしてはいない。
例えば、先だって亡くなった談志師匠についても同じことが言えるかもしれない。フォローの能力がよほどないと、あれだけ毒舌・自由と言われつつ、ああいうすごい弟子を何人も育てられるわけがない。突き抜けられる人は、同時に他の人では推し量れないような面倒なことができる人なのだ、という著者の言葉は、実に真実だ。でも、それはぼくには学生の頃にはわからなかったし、多くの人にとって、仕事にどっぷりつかる経験がないとなかなか実感しがたい、ということも間違いない。

この本の主題について語っている場所で特に深く、ワンフレーズではなくしつこくしつこく書いている、著者らしくないとも言える章が、第二章だ。人に妨害され、叩かれていると感じても、自分が他人を逆に妨害していることには気づかないものだ。それを気づき、他人からの妨害ばかり気にしないようになり、周りの人間を成功させることに頭が及んだとき、一皮むけるのだ。
このことは、こう書くと簡単なようだが、ワンフレーズでは語れない面倒くささがある。だからこそ、箇条書きで、しつこく書き込んでいるのだろう。この章の意味が真に迫ってきた時、プレッシャーとともに自分が変わっていることに気づけるのかもしれない。

もちろん、他の箇所にも、『他業種の友達がいない人ほど、転職したがる。(p70)』とか、『アイデア不足なのではありません。コミュニケーションのできる人が、足りないのです。(p153)』といったような、膝を打つ名言も多い。
もう一度、仕事にたいする向かい合い方を見つめ直させられる。やる気の出る本である。