狩野博幸「若冲 ――広がり続ける宇宙 Kadokawa Art Selection (角川文庫)」

初めて見た人なら、誰でもその眼を引きつけられるであろう江戸中期の画家、若冲。裕福な青物問屋の長男として生まれ、十八世紀なかばの京都における文化人のサロンからその実力を見せていった稀代の画家の姿が、新発見の絵、新しい知見などが織り交ぜられつつ紹介されていく。
絵も満載で、手元に置いておいて、ぱらぱらめくっていて、楽しい一冊。

幻の画家、というイメージが強いが既に当時の文化人の間では良く知られた存在だったこと、好きに絵だけを描いていたお金持ち、というにとどまらない社会的な活動もしていたこと、など、この画家に関しても次々と新発見がなされている。もちろん、絵は絵だけで見て感じるものがあるわけだが、描いた人の姿、どういう人生のステージで描かれた絵なのか、などが明らかになっていくと、その絵に含まれる意味も変わってくる。それが芸術の研究の面白さだろう。

狩野派風の絵を極めていくうちに益なしと感じて中国画の模写をはじめ、四十歳を過ぎて、著者の表現を借りると『もはや自分以外の画家の誰とも同じように描きたくない(p68)』と思い、その時代の絵のお約束を気にせずに描いていく若冲。そうして今見られる絵から我々に迫ってくるオリジナリティ。いわゆる日本画、中国画、というもの以外の、外国の絵などが見られなかった時代に、ここまで「他人と違う」絵を自分で生み出そうとする意思の強さは、時代が違うとはいえ、想像しがたいものがある。

独特さという意味では、表紙にあるようなニワトリの力感が彼の描いたもののなかではぱっと浮かぶが、個人的に印象に残るのは植物である。紫陽花、ひまわり、朝顔…一緒に描かれた動物と張り合うように画面いっぱいにカラフルに描かれた植物の存在感とともに、病気になったり、穴があいた葉を丁寧に描写していくその目のつけどころはかなり目を引く。

人と違うことを、自分が満足することだけをやろうとする。その強い意志だけが、死して残るものを生み出せるのかもしれない。