櫻井武「睡眠の科学―なぜ眠るのかなぜ目覚めるのか (ブルーバックス)」

タイトルから、レム睡眠とノンレム睡眠の話でしょ、睡眠には約1時間半のサイクルがあるから、睡眠時間がその倍数の時間だと起きやすいのだよね、などという知ったかぶりな先入観があったが、少し読むだけで、それが言いようがないほど浅はかさであることを思い知らされた。
「睡眠・覚醒」の切り替えのメカニズムの説明を通して、脳の働きが非常にイメージしやすく語られる。もしかするとそれは、「記憶」や「感覚・運動」に比べたときの「睡眠・覚醒」という働きのイメージのしやすさに依っているのかもしれないが、コンピューターなどを例にした著者のイメージづけの適切さが大きいように感じられた。おかげで、読者は安心して睡眠研究の難しい(しかし面白い)ところまでついていける。

レム睡眠とノンレム睡眠の発見のエピソードなど、これまでの睡眠研究の紹介まででも知らないところが多くかなり面白かったが、これはあくまで前段。クライマックスである、著者自身による覚醒制御ペプチド「オレキシン」の発見の話へと実にいいテンションで入っていける。個人的に一般向け科学本に一番大事だと思っている「現場感」に溢れた研究の話は、マニアックになりすぎずにその面白さを十分に伝えている。
オレキシンがどれほどキーとなる役割を果たしているか、その発見者である著者が、10年してその科学的評価が定まった時期に睡眠の本を書くのにどれほど適任か、が読み進めるほどよくわかる。

一般向け科学本としてのスタンスも好きだ。「眠りを役に立てる!」的なキャッチーな方向ではなく、基礎的な睡眠研究の面白さを、解きほぐして伝えることに全力を注いでいる。結果として、他の半端な本よりもよほど、脳科学に詳しくなることができた気がする。良くある本では中心にもってきそうな、マメ知識的な章を、知識の整理として最終版に持ってきた構成もいい。

食べることと眠ることの関係について、感情と睡眠・覚醒の関係について、何となく感覚的にはありうるかもと思っていたことが、既に科学的にこれほどまで詳しくわかっているのか、という驚きは非常に大きい。
ここ1、2年で、一冊面白いサイエンスものの新書を、とされれば真っ先にあげたい一冊。おすすめである。