吉本隆明「真贋 (講談社文庫)」

吉本隆明が、「精一杯の率直な思いを披瀝」したインタビューがまとめられた本書。
赤ん坊時代の親の影響は一生ついてまわるものだからうんぬん…という話など、わからなくはないが少々くどいお話もあるものの、さすがにハッとさせられる一言が多く、考えさせられながら読んだ。

何か専門的でやりがいのある仕事をしていくときの、いい点と裏表でついてくる副作用というか悪い点というかを「毒」という言い方で述べた「善悪二元論の限界」。その章で言えば、中盤でふと述べられる『毒は全身にまわらないと一丁前にならない(p40)』という感想などはまさにそう。

個人的な話だが、アカデミックな世界で仕事をしようと思ってからこのかた、コネだとか改善しようがない構成員の個人主義だとか社会との隔絶だとかの「毒」はもちろん見えている。それらは、自由な研究と創造性という「善」の部分の裏返しだということもわかる。
それでいながら、一度どっぷりそういう悪い部分を飲み込まないと、どうしていけばいいかの方向性は見えてこないかなという思いもある。たぶん、そういうところはどの専門的な仕事にもあって、全身に回った毒に殺されない程度に自分を保つことが一番苦心すべきところなのだろうと感じる。

他にも、タイトルに一番近い内容、人をどのように見るべきか、ということを語った「本物と贋物」の章もよかった。特にいいなぁと思ったのは以下の語り。

人を見る上でもっと大事なことを挙げるとすれば、それはその人が何を志しているか、何を目指しているかといった、その人の生きることのモチーフがどこにあるかということのほうだと言える気がします。(p135)

ほんとうにそうだ。どうしても、評価は単純でわかりやすいものになりがちだ。最近の業績だとか、受賞歴だとか。でも、そういうものではないものを見たい。それは何かといえばきっと、その人が仕事を通して、その業界や周辺分野にどのような影響を及ぼしたいと思っているかという、ちょっと違う言葉で言えば小さな野望みたいなものなものだ。自分の安寧とか自分の生活だけを見ている人も、ありといえばありだけど、その人に大きな決定を任せたいかと言えば違う。大きなことを動かそうとする人こそ、「モチーフ」が大事なのかなということを思っていたので、とても腑に落ちた。

面白いと思う点は人により違うだろうと思うが、どこかにかならずひっかかりはあるだろう。その読みやすい語り口とともに、おすすめしたい一冊である。