菅裕明「切磋琢磨するアメリカの科学者たち―米国アカデミアと競争的資金の申請・審査の全貌」

アメリカの科学研究費はどのように申請し、どのように審査されているのか。研究者としてアメリカでテニュアを取得し、科学研究費に応募するとともに、その審査にも関わってきた著者。審査される側、する側の両方からアメリカの科学研究費のあり方について詳しい著者が、その実態についてまとめる。

読み終えて感じたのは、「部分的には、日本の大学もアメリカの制度のいいところを見習おうとしている」ということだ。
アメリカのアカデミアについて紹介しているこの本では、日本の事情を詳細には紹介してはいない。しかし、部分的には、なるほど、うまくアメリカに習っていいところを出そうとしているな、という制度や大学もあるな、という印象がある。
例えば、1章に紹介されている、アメリカにおける、研究中心の大学と、学部生への教育中心の大学という住み分けといった面。半端に両方を志向している大学もまだ多いのは感じている。しかし、今非常勤で講義に行っている大学などは、学部生への教育をきっちりやって、社会、もしくは他の大学院に学生を送り出そうとしている姿勢がとても良く見える。一人一人の学生の教育に力を入れようとする姿勢、カリキュラムやシラバス、評価のシステムのカッチリした感じは、アメリカのよい学部教育を研究しているようなところがある。
また、アメリカの大学院教育においては、問題を自分で設定して自分で解決する能力を磨くためにproposalを書く訓練があるとのことだが、ここで必要とされる姿勢はまさに学術振興会の特別研究員の申請そのものだ。実際、日本の特別研究員の申請書の形式は、科研費の形式を意識しており、それは将来的に研究費を取れるような力を見きわめたいという意向がはっきりしている。
さらに、院生の力で研究を力強く進めたい研究室では、博士後期課程まで進学する学生(修士2年で就職しない学生)の入室を特に歓迎しているところもあるが、これもまた、修士博士の連続性を重く見て、しっかりした研究者教育を施そうとするアメリカのスタンスと近いものがある。

このように、この本を読んでいると、この部分は日本でもあるな、とか似ているな、という面をたくさん見出すことができる。
だからこそ問題はきっと、著者が「米国のシステム全体を理解すべき」と書いているように、部分部分の良いスタンスが、システム全体として徹底されていないところにあるのだろう。
研究費をしっかりとって、大学と学生に還元していかねばと日々やっている研究室がある一方で、科研費もとらず、院生をサポートしようともせず、修士までで出て行く学生のデータを自分の成果として大学に残っていく終身の教員が日本にはまだまだたくさんいる。既得権益といってしまえばそれまでだが、競争原理が行き届いていないと思われるような部分が大学にはまだたくさん残っていて、その半端さが、若手のやる気を削いでいる。実際のところ、どんなに研究費をとって、頑張って院生の論文を見ても、大学教員の給料は、何もしない人と全く変わらないのである。誰もが安定した立場になく、常に研究費を得るために気を張っている(自身の夏休みの給料は主に研究費からしか出せないらしい)アメリカの研究者とは雲泥の差がここにある。

科研費の取得額が大学からのサポートや給与に連動してくるような制度があるだけでもずいぶん違うだろうと思う。教員にお金を出した分は、教員がとってきてくれた予算の一部(間接経費)が大学に戻ってこれば回収できる、という考えが全くないことが、無駄な教員の維持というリソースの無駄を生んでいる。

日本の講座制にはそれなりの利点がある、と述べるなど、日本なりのシステムの組み方があるだろうと提言する最終章は、非常に説得力があった。特に重要だと思ったのは、研究費の審査のしかたについてだ。
研究費の審査を、日本のようにビューティーコンテスト的なものではなく、互いに真剣に審査し合う関係こそが、アメリカにおいては若手の研究者の研究能力を高めているのだというところには、目を開かされる。確かに、日本のように、申請した内容に対して、点数こそつくが詳細な批評が書かれていない結果が返されてくるだけだと、何が悪いのか、どうすればよくなるのかはわからない。逆に、国際誌に論文を投稿したときに、レビュワーやエディターから、こういうところに気をつけて書き直せ、と詳しく書かれて返ってくるものほど、論文の書き方に役に立つものはない。

「詳細で論理的なピアレビューは、科学のボトムアップに欠かせない」ということがとても実感される。それこそが、同時に、こういうスタンスは、実にきちんと科学というものを捉えていないと取れないのではないかという危惧もある。自分の研究のことだけを近視眼的に考えるなら、他の人の評価に時間を割くのは面倒だ、と考えてしまいそうな人も多いだろうからだ。しかし、研究を始めたばかりの同業者、後輩に向けてしっかり指導するつもりでレビューを行うことで、業界全体がレベルアップできる。一人一人がそういう心持ちを持てるかどうかが、研究者として大事なことなのだと改めて思わされた。

…では、何が米国をノーベル賞受賞者の最多輩出国にしているのか。筆者は、米国での大学・大学院教育を通して培われる研究者の資質とそのシステムから生まれるさまざまなモティベーション、さらに研究計画書の真剣な申請と審査にあると考える。特に、NIHの研究計画書の申請と審査においては、その過程で研究者同士が切磋琢磨され、そこで研究の質の著しい向上が生まれている。(p130)

ただアメリカの事情を紹介するに留まらず、研究費申請の方法などを考えさせられる、若き研究者必読の一冊。