佐藤忠良・安野光雅「若き芸術家たちへ - ねがいは「普通」 (中公文庫)」

さきほど亡くなられた彫刻家の佐藤忠良さんと、小さい頃からその絵に良く親しませていただいた画家の安野光雅さんの対談集。
文庫版のあとがきに安野さんが書かれているように、芸術家を志す若い人たちにとって、いや、広くものを作ろうとする、創造的であろうとする人たちに、この二人の過去の話はとても示唆に富んでいる。

故郷からどのような心持ちで上京してきたか。食えない時にどのような生活をしていたか。どのように修行していったか。仕事はどのように来るようになったのか。その過程で関係していった人々から、どういう影響を受けて現在の作品が生まれていったか。
そうした話の合間に、二人の芸術、仕事に関する考え方が挟まれる。どれもこれも、単なる昔話ではない、知恵に満ちている。

特に個人的に惹かれたのは、自らを「職人」であると言い、その人生観を押し付けがましくなく語る佐藤さんの声である。その語る言葉は、どこか凛とした雰囲気をたたえている。人間性が作品・自分の作ったものに出てくる、というのは理想であるが、そこに至るまでどれだけの長い年月と積み重ねがあったのかを考えたとき、とても謙虚な気分にさせられる。

隣人への気配りがない芸術は嘘だ、とわたしはいつも思います。
…(中略)…
本物は違います。内にしっかり内蔵して、能の表現のように耐えて、それでも外へにじみ出ていく。大変な修練を積み重ねてじっと耐えて初めて表現される。(p81-82)

我慢のすすめ、のように聞くべき場所ではないだろうとおもう。
最初から、出そうと思って出すのが作品の良さとか個性ではない。本当にいいものは、にじみ出てくるのだから、気配りをせず外にあらわにしていかなくてもいいのだ、とぼくは読んだ。
どんなに個人の力量や技術に依存するような創造的な仕事でも、やはり人間性がものをいってくる…このことは、なかなか認めづらいが、やはりそうなのだな、という納得感がある。

ビジネスに役に立つとか、一般受けするとか、そういう本ではないかもしれない。しかしこれは、じっくり味わうべき、とてもいい本である。