毛利敏彦「大久保利通 (中公新書―維新前夜の群像 (190))」

最近、明治維新期の政治家に興味がある。結果論ではあるけれども、なんと多くの人々が、空中分解させずに、うまいこと国を発展させる方向に舵を切っていったことか。そういう際に必要なリーダーの素質とはなんだろうか。そんなことを考えているからである。

そうした中でも、ダントツにすごいと思うのが、大久保公である。西郷さんなどと比べるとどうにも悪役気味に描かれがちだが、彼ほど私心なく、長い目での見た構想を抱きつつ一つずつ政策を成し遂げていった人はいないだろう。

この本は、そんな大久保利通の、何ものでもなかった若き日から死までの人生をたどっていく。
クーデターに謀略。派閥争いに、上司との接近と軋轢。淡々とした記述ながら、倒幕に至るまでの、綱渡りとも言えるような彼の政治的戦いには興奮させられる。
事態を鋭く見抜き、島津久光という権力にうまくにじり寄り、ときに古い仲間を見捨てるように動きつつ、自分の信じる目的に向かっていった大久保。かけひきや策謀を厭わない、その冷酷とも言える政治目的優先の態度は、後世から見て人気が出ないのも当然と感じられるが、これこそまさに骨太な政治家のありかたかもしれない。
特に面白く感じたのは、京都における、慶喜ら幕府側との繰り返される宮廷工作による戦いと、それを経ることによって大久保が成長していく姿である。
幕末に目的としていた「中途半端な性格」の公武合体運動から、雄藩による共同指導体制を目指す方向に移り、ついには倒幕を目的として定めるまで。世界や国の状況がわかってくるとともに、目標の定め方が変わってくる。そしてそれが、維新後の動きにもつながってくる。

この本がいいのは、コンパクトながら、幕末のごちゃごちゃした政治状況が実にわかりやすく書かれていることだ。幕末・維新の政治のパワーの動きが、大久保と薩摩を中心にうまいことわかるようにまとめられている。それによって、一人の人間の評伝でありながら、彼を取り巻く政治的状況とともに、なぜ主人公がそのような行動をとったのかが想像しやすい。

一方で、大久保が『道徳論的、精神主義的』であり、『行財政の知識や実務にくらい(p170)』と弱点を指摘するのも忘れない。どんな偉人でも、成し遂げられたことがあれば、成し遂げられなかったこともある。ただすごいなぁと思うだけではなく、ではどうすればよかったのか、を考えるのが、後世のわれわれがするべきことだ。そういう意味でも、この本はとても理想的な評伝であった。おもしろかった。