須賀敦子「トリエステの坂道 (新潮文庫)」

ヴェネツィアの宿」「コルシア書店の仲間たち」に続いて、3冊目の須賀敦子
仕事が忙しくて心がささくれているとき、本を読む心の余裕がないときほど、この人の本は効く。家族や仲間を通して、人間の生きざまのようなものを、静かな筆致で見せてくれるのが、心を広くしてくれる感じがしていいのだ。

この本では特に、家族の話がたまらない。
ミラノで結婚した著者が、夫の家族の過去について、しゅうとめや義理の兄夫婦について、そしてその両親や未来を担う子どもについて思いかえす。普通に生活しているとあまり見えてこない貧しさや死といった不幸。家族を見舞う悲しいできごとを、強調するでもなく、自然に訪れるものとして、なにげない生活やちょっとした幸せと表裏一体のものとして、書いていく。

日本に戻った著者から見たイタリア。遠く離れた家族。それなりに長い間、ともに日々を過ごした家族の現在と未来に心が揺れる気持ちが、せつない。