ポール・オースター「ティンブクトゥ」

ミスター・ボーンズは知っていた。ウィリーはもう先行き長くない。(p5)

「我が輩は猫である。名前はまだない。」よろしく、短くシンプルな書き出しで始まる。ちなみに、主人公は犬である。

とはいっても書いているのはオースターである。その物語の世界は見事に彼ならではのものになっていて、引き込まれる。夢と現実が交錯し、ウィットに富んだ饒舌な言葉がぽんぽん飛び出す。主人公であるミスター・ボーンズは、愛すべき主人と別れてのち、さまざまな目にあいつつも、落ち着ける場所を求めて、あちこちを移動してゆくことになる。

最近ちょっと思ってきたのが、オースターの小説は、特に主人公とその家族などについて、その人間のある一時期だけを見せてどうこう言うことがないなぁということだ。語られかたは独白だったり地の文だったりいろいろあるが、もっとスケール大きく、ある個人の人生の浮き沈みとかその乗り越えかたについて、長いスパンで見せてくれる。
この本でも、ミスター・ボーンズの主人であるウィリーの破天荒な生き方が、本人の口からだったり、ボーンズの回想だったりでさまざまに語られる。なぜそのような境遇になってしまったのか?今どういう気持ちで過去を見つめつつ過ごしているのか?そんなことを、主人公と一緒に考えたくなるくらい、ある人間の歴史をポンとそのまま見せてくれるのである。

この本で読者は、ウィリーという男の生き方について、主人公である犬と一緒に考えていくことになる。犬だって誇りはあるし、周りをシニカルに見つつも、自分の生き方だって考える。そう考えると、なんだかおもしろくなってくる。