須賀敦子「コルシア書店の仲間たち (文春文庫)」

一年くらい前に読んだ「ヴェネツィアの宿」に引き続き、少し疲れているときこそ、こういう本である。

ミラノの修道院の敷地内に、カトリック左派の活動拠点として設立された一軒の書店。そこは、著者にとってかけがえのない友人たちの集う場所であった。
仲間たち、パトロン、伝説の創立者、恩人と言ってもいいようなお客たち…。たくさんの人びととの、知的だったりさりげなかったりする会話のひとつひとつが、どれも気持ちを落ち着けてくれる。ミラノという異国の地を舞台にしているから、というだけでは説明のできない味わい。
留学し、思想とか理想とか難しいことを考えて過ごす暮らしをしながら、いや、もしかするとだからこそ、人生のささやかな感情を大切にとっておいて書いているのだろう。

ふと出会った知り合いの家族が、ナチスドイツの迫害を生き延びていたり、陽気な仲間が若い頃、今では想像もできないような辛酸をなめていたりする。訪れる普通の人びとに、歴史がそれぞれある。そういう、登場人物の過去から浮き出てくる生き方とか表情みたいなものを、文章で感じさせてくれる。これはすごいことだ。
そんな、著者が出会う仲間たちの姿や表情を想像しながら、会話の隅々にある感情を想像しながら読んでいると、ささいなことで凝り固まっていた頭の中がほぐれていくのがよくわかる。