中野京子「名画で読み解く ハプスブルク家12の物語 (光文社新書 366)」

先日読んだ本に続いて、少し別な角度からハプスブルク家を学ぶ。歴代の皇帝やその妻を描いたオールカラーの絵画とともに、その人生が紹介される。
歴史上の人物は、名前だけで理解していくのはなかなか大変だ。ハプスブルク家ともなれば、〜何世、などと似たような名前がたくさん出てくるのだからなおさらだ。彼ら彼女らを書いた絵画は、それぞれの人物の自分なりのイメージを作るのにぴったりだ。
本来ならば、絵などの視覚的イメージなしに、エピソードなどから自分の頭の中にその人物のイメージが描ければよいのだろう。しかし、視覚的に何かを頭に描くことが不得手な人間にとって、それはなかなかできない相談だ。たとえ、それを書いた画家によるイメージであっても、それを借りてエピソードと絡めつつでも、その人物像を作り上げていくほうが性にあっている。

この本で一番ほほうと思ったのは、宮廷のお抱え画家となり、皇帝やその周囲の人間を描き続けたベラスケスのエピソードだ。
血のつながりのある人間同士の結婚を繰り返したハプスブルク家の皇帝や子どもには、お世辞にも美しいとは言いがたい顔の特徴が顕著に現れていたらしい。宮廷で出世したベラスケスが、こうしたハプスブルク家の皇族たちを描いていきつつ、どんなことを考えていたのかを推測するくだりが、あくまで推測だが、おもしろい。

寡黙で自己を語らないベラスケスが、だが幸せだったかどうかはわからない。ビジュアル的に全く魅力のない王一家を延々描き続けねばならなかったのは、いくら仕事とはいえ楽しかったはずはない、と断言する美術史家さえいる。(p97)

その技術をもって、王たちの肖像画に何とも言えない威厳をもたせることができたベラスケス。その仕事人っぷりは、素人でも絵を見れば何となくわかるくらいのものだ。一方で、自由に好きなものを描けたらどういう絵を描いたのだろうか、と想像したくなるのもわかる。
そんなことを考えると、同じ絵を使って、ハプスブルク家の人たちを描いた画家たちの背景を中心に紹介してくれる本すら書けてしまうな、それも読んでみたいな、と思ってしまう。

しかし、そんなことは欲張りな考えであると思わされるくらい、この本はおもしろい。歴史に翻弄され、数奇な人生を送らざるを得なかった多くの皇族たち。人間の難しさを見せてくれるようなエピソードが満載だ。特に、スペインとハプスブルク家との狭間に立たされ、夫に先立たれた悲劇の王女ファナの章と、自分が何をできるかを見出せぬままに飼い殺しにされて死んだナポレオンの息子の章は胸をつかれるものがある。