竹内敬人「人物で語る化学入門 (岩波新書)」

念のため書いておくと、「科学」ではなく「化学(ばけがく)」である。物質の成り立ちや性質について考える「科学」の一分野であり、この分野の大きさは、物理とならんで、ノーベル賞の一部門を占めていることからもわかる。

ぼくが専門としている生物も、結局そのシステムを詳しく知ろうとすると「化学」的方法を用いた研究に行き着かざるをえない。そのことはよく言われているし、研究が進んでくるとなおさらその感は強くなってくる…ということで、いまさらながら少しお勉強してみようと思い読んでみた。

歴史上の化学者たちの人生を通して、その「化学」の基本から最新の知見の一端に触れるところまで紹介していこうというこの本。
原子や分子からなる物質のつくりをあきらかにし、反応で分子どうしをくっつけて有用な物質をつくりだしていく…。多くの人物が試行錯誤してきたこのような様子を読むにつれ、工学と同じように化学はまさに「ものづくり」であることが実感される。人々のためになる「もの」をつくること。並行してそのための手法と方法論を開発してゆくこと。最新の電子機器の開発秘話を読むのと同様の、いやそれ以上のドキドキ感がこの本にはある。

今でも用いられている物質がはじめて作られたり、単離されたりしたときの研究者のエピソードとともに、実に楽しく読めた。簡単な記述で、ノーベル賞級の成果の意味までわかった気になれるところが素晴らしい。現代における生物学とのつながりについても一章かけてしっかり解説されており、生物の研究をしているが化学にはあまり詳しくない、というぼくのような人間にはとても役に立った。

著者の関心によっているのかもしれないが、キュリー夫人やファラデーをはじめとする研究者たちの業績を語るときに、その成し遂げた科学的発見だけではなく、彼ら彼女らがどのようにそれを社会へ還元しようとして活動したのかについても多くを割いているのがよいと思った。科学者の人生や成し遂げたことは、そういう社会への還元のしかたも含めてみられるべきだと思うし、さまざまなそういうやりかたが見られたのは、自分はどうしていくべきか、ということも考えさせてくれて、とても興味深い。