河合隼雄・鷲田清一「臨床とことば (朝日文庫)」

日常のことばで、生活の中で哲学しようとする鷲田先生。患者と向かい合い、その世界に入り気持ちを通じ合わせようとする河合先生。「臨床哲学」と「臨床心理学」の第一人者がことばをかわし合う対談は、とても自由で刺激的だった。

「臨床」というキーワードから、人間同士の関係や距離のむずかしさ、大人になることとは、幸福とは…といったことについて語られていく。読者にとってすぐにわかりやすいような答えを安易なことばで出してしまうような野暮なことはこの二人はしない。すぐに腑に落ちる結論ばかりではなく、うーん、と一度考えさせられるところがいい。その点についても、話の展開についても、読者にとって、河合先生はやはり対談の名人であられた、と再確認。


それにしても、ひとの気持ちを思いつつ、自分との関係をどうするか、という問題はいつまでたっても難しい。
この対談でも語られているように、プライドや見栄抜きで、相手の心に入ろうとする「リスク」をおかさないと変えられない人間関係がある。
とにかくまず自分のこと、と多くの人が考える状況でも、大きな仕事を続けていこうとしたり、良き経験や伝統を伝えていこうとする場合、生の他人と踏み込んで接する必要がある場面は多い気がする。
そんなときに、鷲田さんの仰られるように、相手の言うことをいかに「聴いて」、人との距離をはかるわけだが、そのとき、どの程度思い切って踏み込んでみてもいいのか、ということをいつも考えている。ある意味、日常は哲学的なことに満ちているのだと感じつつあるが、なかなかこの感覚を共有するには至っていない。
この本は、そんな自分に、そうして考えていっていいのだ、と少し自信をくれた。