司馬遼太郎「街道をゆく 24 近江散歩、奈良散歩 (朝日文庫)」

旅行をするときに特別読みたくなる本、自分が旅行している雰囲気をより高めてくれる本がある。『街道をゆく』シリーズはまさに、ぼくにとってそういう本である。
以前も、このシリーズの『大徳寺散歩』を読んでから実際に京都にいってみたが、これがよかった。もちろん、司馬遼太郎のことであるから、その地域の由来や建物に関わる史実などを挟みつつ、あちらこちらから旅先に関する考察を深めていく。
そう考えると、ことさら旅に合わせて読む必要もないエッセイで、それだけで読んでもたいへんおもしろいものなのだが、やはりきっかけがないとなかなか、自分がまったく関わりのない地域についていろいろな話を聞きたい、と思うような旅先の気分にはなれないのである。

ちなみに今回は、『近江散歩』のほうがめあて。細かい話だが、このエッセイの、話をすすめていく順番がとても好きだ。例えばこの『近江散歩』では、「させて頂きます」という、都会の接客業でも耳にするちょっと違和感のある表現が、「絶対他力」を信ずる浄土真宗に帰依した近江商人の言葉に由来するのだとか、その土地に住むひとびとの気質や性格などから話がはじまる。そういう、その土地の風土といったところからだんだんフォーカスしていく書き方は、遠回りなようでその旅先への理解をより深めてくれる気がする。
国宝彦根城とその城下をおさめた井伊家の逸話、姉川の合戦と浅井家の話といった歴史好きには有名な話だけでなく、戦国時代に大きな役割を果たした鉄砲鍛冶や、もぐさ売りの話など、近江商人の心意気をあらわすような土地を訪ねた記録が印象深い。
こういう話をしつつ、安土城跡にのぼって、琵琶湖の干拓と土木工事の暴走について考える司馬さん。その視線は、過去から未来まで、日本の風土と自然をひろく捉えている。