最相葉月「星新一〈上〉―一〇〇一話をつくった人 (新潮文庫)」

星新一〈上〉―一〇〇一話をつくった人 (新潮文庫)
待っていた本が文庫になった!嬉しくてすぐ飛びつく。
ノンフィクション作家最相葉月さんが書いた、ショートショートの名手、星新一の評伝。
以前、星新一が、実業家であった父の若い頃について書いた評伝「明治・父・アメリカ」を読んで、こう書いたことがある。

こういうムズかゆいほど立派な父の姿を辿って記録していく著者はどんな気持ちでいただろうか、ということを想像してしまう。この本の続編ともいえる「人民は弱し官吏は強し」についても言えるのだが、田舎から一人出てきて、家族への思いを持ちつつ成功していった父の姿を、実の子どもが、『他人あつかいしていいのだ(p67)』と自らに言い聞かせつつ、しかしいろいろな思いを持ちながら淡々と書いたのかと思うと、まったくなんということのない箇所で胸がぎゅっとなる。

偉大な実業家であった父への複雑な思い。父と違う道を選んだ、選ばざるをえなかった覚悟。そういう気持ちについて、本人が書いたものだけでなく、当時の状況や、周囲の人の見方も含めてもっと知りたかった。だからこそ、最相葉月さんのこの評伝が文庫化され、実際に、星新一が作家という仕事を選ぶまでの紆余曲折がみっしりと取材されて書かれているのを、とても興味深く読んだ。

『もっともっと目を凝らして真実を見きわめたい。(p149)』そんなスタンスで育ってきた星新一の、戦争の影濃く、ほのくらい高校時代。戦後間もなく、ペニシリンなどの研究で活気に溢れた東京大学農芸化学科。そして仲間との青春。父の会社に入りつつも、債務整理に追われ、いろいろな外部の人がいりまじるような複雑な社内状況において戸惑うばかり。『自分は口先ばかりで実行力はない。(p179)』と見切っていた彼が、挫折からの逃避として出会った科学小説。
こういう状況が読んでいて伝わるからこそ、鬱屈した生活から、SF仲間との出会いを経て、創作意欲がわき、アイディアがほとばしり出てくるあたりは読んでいてどきどきが抑えられない。

上巻は、ちょうど星新一がその作家としての地盤を固めつつあるところで終わる。SFという分野が勃興してくる過程、それに関わった人たち、そして彼らが星新一と交差していくあたりは、実におもしろい。
人は、いつ自分の天職を知るのか。どのように自己鍛錬と工夫を重ねて、おもしろいものを生み出していくのか。そういったことも考えさせられる。