大竹文雄「競争と公平感―市場経済の本当のメリット (中公新書)」

経済学者の著者による、経済に関してやさしく語られたエッセイ。
日本人が市場経済のメリットをきちんと認識していない、ということをデータなどから説いていく序章から、公平感や働くことについて日常的な話題から経済学的に考えていく二章、三章と、経済学になじみがなくても実におもしろい。

特におもしろく読ませていただいたのが、人間の価値観や行動パターンを明らかにしていく実験の紹介だ。経済学も、医学・脳神経科学・社会学などとの学際的研究でわかることが多い。多様なデータや、うまくデザインされた実験の紹介を通して、人間の経済や消費生活に関する考え方が見えてくるさまは、経済学の魅力を良く伝えていてとても興味深かった。
序章に述べられ、また日本によくあらわれているように、競争好きか、公平を好むか、などの人間の価値観や文化もまた、経済の一つの要素であるのだなと実感した。

一方で、より公平で、豊かな社会にしていくための、経済学者としての洞察に裏付けられたさまざまな提案はなるほどと思わされる。正規雇用と非正規雇用の問題に見られるように、ある立場の人間の利益を考えると、別な立場の人に不公平感などを生じてしまうものだ。そこを本書では、何を優先にして考えるべきか、このくらいならお互いにとってよいだろう、というようなうまい妥協点を見出した提案をされており、さまざまな人間の利益が絡み合うような状況を改善していくためのよいヒントになりえる。そういう意味で、最後に「あとがきにかえて」として書かれた、オリンピックの話題に絡めて書かれた、「ルールの設定に関する議論」はとても示唆に富んでいる。

こうした、日常と密接に関連した経済に関するトピックに触れていくうちに、自然と「リテラシー」が培われていくのだろう。
自分も含めて、経済やお金について詳しくない読者にとって、それをすぐに解消するような速効性はないかもしれないが、じわじわと効いてくるだろう一冊。とてもいい本です。