丸谷才一「挨拶はたいへんだ (朝日文庫)」

小説家・文芸評論家の著者が、文学賞の授賞式やパーティー、知人の長寿の会や「偲ぶ会」、結婚披露宴などで披露した挨拶を短いコメントとともに味わう。挨拶の際は必ず原稿を作って読む、という人なればこそできる本。
ただ挨拶が並んでいるだけといえばそうなのだが、その中に含まれる批評精神や、ウィットが効いている言葉が、読み物としてとてもおもしろい。お祝いの言葉であるとともに一つの作品紹介になっていて、それも、文学関係者だけではなくより広い人にわかるようなある程度簡単なことばで作家さんや作品の魅力についてお祝いを述べているのがうまい。村上春樹池澤夏樹といった方々の谷崎潤一郎賞贈呈式での祝辞がまさにそうだ。この本を読んでいると、そうしたよく知っている方だけでなく、この本で挨拶をされるあまり知らなかった作家やその作品などを読んでみたくなってくる。

ただ、自分で挨拶をしようとするときの参考には、とてもできそうにない。ウィットをまじえつつ、聴いている人の気分を捉えて有意義に、楽しい話をする。これこそまさに、一つの芸である。
自分でスピーチをするときに…という意味では、最後におさめられた対談のほうが役に立ちそうだ。井上ひさしさんが、丸谷才一さんの芸の細かさと気をつけるべきポイントなどをわかりやすく語ってくれる。『まず、スピーチするときには、自分が、なぜ、どういう立場で、どういう資格で、どういうところでスピーチをしているのかというのを、ほんとに短くぱっと言う(p243)』とか、『一般論、抽象論は禁欲的に避ける(p246)』『原稿ができあがったら、題名を付けてみる。題名が付けられないようだと、散漫になっている。(p250)』といったあたりは、実に名言、なるほど、である。

まったく関係ないが、もう一つ感じたこと。長生きするとは、良いこともあるだろう反面、とても悲しいことだ、ということ。葬儀の挨拶と、そのコメントににじむ、特に自分より若い人を亡くした悲しさが一冊を通じて積み重なっていくさまが、なんともいえない。