瀬川晶司「泣き虫しょったんの奇跡 完全版 (講談社文庫)」 (講談社文庫)" title="泣き虫しょったんの奇跡 完全版 (講談社文庫)" class="asin">

数年前、将棋界におけるアマチュアとプロの厚い厚い壁を破った一人の男。まさに奇跡と言ってよいこのことを成し遂げたのが、この自伝の著者である瀬川さんだ。
彼のことを知っている将棋ファンなどはやはり、プロへの登竜門たる奨励会での年齢制限による挫折、そして再び将棋をはじめプロを目指すことになったその快進撃の過程などに興味を持ってこの本を読むことだろう。
しかし、素直に最初から読んでいくと、それ以前の生い立ちも含めたすべての過程がドラマに満ちていて、将棋のことをあまり知らない人をもひきつけるようなものをこの本はもっている。「いるのかいないのかわからない」「自分の意志で何かをしたことがほとんどなかった」少年が、自分を認めてくれる先生に出会い、将棋に出会い、やがてプロの将棋棋士を志すようになる。自分の意志で開いたクラス全員での将棋大会や、幼なじみとの日々など、小さなころの小さなエピソードが、自分の幼かった頃を思い出させる。何も自信が持てないところから、「将棋」という、自分を支えるものを少しずつ見出していく過程…いずれその世界から一度見放され、それでもかつ生涯を賭けていくことになることを思うと、すでにこのあたりで胸が熱くなる。
続いて、キラ星のように現れる、今や現役棋士として有名な全国のライバルたち。そして、同じ将棋センターで育った幼なじみのライバル。将棋のプロ棋士への唯一の道である奨励界入り…。挫折と隣り合わせの夢。いくら、その張本人だった著者に、

夢破れた奨励会員の涙を誘う物語は小説や芝居、テレビドラマなどによく描かれている。将棋界でもっとも多くドラマ化されている部分といってもいいだろう。(p106)

なんて客観的に突き放したように書かれても、やっぱり心はざわざわする。
将棋一筋を目指す生活。年齢制限の歳へ向かって、毎年毎年人生をすり減らしていく感じ。しかし一方で、将棋一筋を目指す生活を徹底できず、外の空気を吸いたくなったり、人生について考えたくなったりするのも、20前後の青年にとっては道理だ。そういう心の揺れが、感動の小説「将棋の子」とはまた違った角度から、実際にそこにいて、一度は挫折した人間から描かれる。一方で奨励会員やプロ棋士の仲間との会話や日々の生活は実に楽しそうだが、逆にその苦しさ辛さだけでない部分が、上に引用したようにドラマ的な部分を押し出しがちなプロ棋士の卵の話のなかにあって、生き生きと現実感があっておもしろかった。
だいたい、別にドラマチックに書かなくても、瀬川さんの気持ちの揺れが素直に吐露されているだけで、十分心を揺さぶられてしまうのだ。ともに戦ってきたライバルとの進路の岐路、挫折した時に感じたもっと頑張れば良かったという後悔、ライバルと将棋を指して再び将棋の楽しさを発見した瞬間、父の死に際して感じた決意、プロにならないかと言われて揺れる心…どのエピソードも、そのときの瀬川さんの気持ちも、自分ならどう感じたろう、などと思わされて、気持ちを大きく揺さぶられる。

将棋に限らない。スポーツもそうだろうが、世の中に、若者の覚悟を問う「狭き門」というものはたくさんある。そういうところでは、一筋を目指すことに疑問を持たずに戦う人間には決して勝てない。それは自分でもよく感じてきたことだし、周囲を見ていても感じることだ。それでも、心揺れてしまうのが人間だとすれば、どれだけ目の前に全力を尽くし続けられるか、持続して戦い続けられるか、が勝負を決めるのだろう。
そして、一度は門前払いを食らったと思っても、好きで続けていれば、道は開けないこともないのだ、ということもまた瀬川さんの人生が教えてくれる。その道で成功するにはどういう心構えがいるのか、挫折してもなお生きていく人生のありかたとは、などいろいろなことを考えさせられる。こうして落ち着いた筆致で、感動させてくれる自伝を書けるのはすごい。