林洋子「藤田嗣治 手しごとの家 (集英社新書)」 (集英社新書)" title="藤田嗣治 手しごとの家 (集英社新書)" class="asin">

この一見、気軽で華やかに思える本の隠しテーマは「遺品」です。画家・藤田嗣治が遺した「もの」について書きました。彼には近年、展覧会や出版が続いており、ここでの履歴や絵画作品の紹介は最低限にとどめています。一般の耳目を集めがちな「戦争画」にあえて触れなかったのは、それが彼の「男」としての公的な側面、使命だったからです。私的な、明治生まれの男性にはめずらしい「女性的」な側面こそを描きだしたいと思いました。(p192「おわりに」)

パリで活躍した画家、藤田嗣治が手作りしたり、集めたりして自分の生活に用いていた日用品やインテリア。細部にまでこだわりが凝縮されたそうしたお気に入りのものがモチーフとして登場する藤田の絵や、パリ近郊のアトリエに残されたそれらの実物から、彼の生活の「女性的」な部分に迫る。
自分の着る服を手作りしたり、夫婦の使う家をドールハウスとして作ったり家具をデザインしたりする姿からは、生活と芸術が一体となった彼の生き方が見える。ヴィジュアル版だけに、絵や写真で満載のこの本では、彼の絵の中に描かれた細物の模様などを見ているだけでもたのしい。
世界を旅し、戦争中には戦争画を手がけ、戦後には再びフランスに旅立ちその地で生涯を終えた藤田。この本を読んでいると、当然のことかもしれないが、趣味の写真も含めてそのほとんどが芸術と密な関係にあった生活のスタンスは、生活場所や作風が変わろうとも終始一貫していたのだなと感じさせられる。
土門拳や、「フォト・リテラシー」という本でもたくさん出てくるパリの写真家たちが撮った彼自身の写真とともに、彼の作品の裏側ともいえる生活のありかたがとても魅力的に感じられる。研究者の方が書いた本だけあって、その作品や身の回りの品の紹介のしかたも浮ついたところがなく、読んでいて落ち着く。手元に置いておきたい本とは、こういうもののことをいう。