潮木守一「ドイツ近代科学を支えた官僚―影の文部大臣アルトホーフ (中公新書)」

現在の日本にも通じる、アカデミックな世界におけるポスト不足と恵まれぬ若い研究者の一群。ほんの100年前の、ドイツのお話である。
しかし一方で、そうした時代のドイツ科学界からは、血清療法のベーリングや、免疫学のエールリヒら、数多くのスター研究者とノーベル賞受賞者が輩出された。こうしたドイツ科学の黄金期を支えたのは、その政治力により大学人に怖れられた一人の官僚だった…。
影の文部大臣と言われた官僚、アルトホーフについては、マックス・ヴェーバーをはじめとして、多くの人の批判が残っているとのこと。一方で、その情報網と鑑識眼で、大学との対立を怖れず、彼らの不純な人事と閥族主義を排して、彼自身が優れていると信じた人物のために徹底して力を尽くしたのも彼であった、とこの本では述べている。真っ二つに分かれる評価もまた、アルトホーフの実力を示すものだろう。
当時のドイツの科学界の様子がよく分かっておもしろい本だが、では実際に同じようなことが日本でもできるかといえば、やはり難しいだろう。硬直した状況を思い切って変え、システムを動かす方法として、この本のように、それなりの力を持った人が「独断」と言われかねないようなことをする、というものもある。その評価は後世に委ねるしかないが、多くの人物が自分のよかれと思うことをちまちまと話し合いながらやるよりは、明確な指針を打ち出せることも多いだろう。そういうものごとの変え方が難しいのは、人を説得できるだけの知識と、こうあるべきだという自信を持つことが難しいことに起因している。

有能な人材を活用するポスト自体が減っており、閥族主義で凝り固まってしまったような組織をどう変えていくか、考えさせられる一冊。