沼上幹「組織戦略の考え方―企業経営の健全性のために (ちくま新書)」

仕事のための仕事を作ってしまう。有能な人ほど忙しく新たな展開をする余裕がない。社内政治に長けた人間が増える。ルールが複雑怪奇化する。…このような組織の腐敗は、程度の差こそあれ長く続いている組織にはありがちだろう。
本書は、日本の組織の本質的部分…『コア人材の長期雇用を前提とする(p11)』を維持しつつ、長くいる人が多くなることによる、こうした組織の腐敗を防ぐために重要なことについて考える。
もはやこの長期雇用という前提が崩れつつあるとはいえ、組織はだんだん健全でなくなっていく、ではそれをどうすべきか、という問題意識はどのような組織にも通用する。この本は、いろいろなモデルケースを挙げつつ、いかに経営を健全に保つのか、について考えていく。自分ならどうするか、と考えつつ読んでいくことで、経営的なものの考え方の良い練習になるだろう。個人的にも、『部下に「勝ち戦」を経験させる(p90)』など、ボスがよく言っていることとも通じる考え方があちこちに見られて、とても参考になった。
この本がとてもよいと思ったのは、一貫して、組織の将来を担う若い人の能力をどう開発すべきか、というスタンスから話をしていることだ。組織の腐敗は、既に上にある人間ではなく、次世代の若手が利益を上げる力を削ぐからこそ、長期的によくないのだ、という視点は実にまっとうだ。結局、足を引っ張るのは上の人間なのだ、というこの本の立ち位置は、上から目線でない経営論としてとても好ましいものだと思った。一方で、全員が居心地の良い組織、という甘いものを想定しているのではなく、多くの成果をあげうるエースが組織に入るのだ、そういう人の邪魔をしないような経営を考えるべきだ、と考えている点も現実的だ。

優秀層を保守本流の成熟事業部内に過剰に投入し、内向きの議論に明け暮れながら、小者化していかせるべきではない。彼(彼女)らこそ、新規事業開拓を自ら考案し、自ら実践していく作業に投入し、新しい時代を創造するプロセスの中で大きな人間に育成していくべきなのだ。「いや、最近の若い世代は…」などと嘆いてはいけない。他に頼る人などいないのだ。この人たちの肩にわれわれの未来すべてがかかっているのである。(p213)

フリーライダーをつくらず、努力したことが報われるという感覚をなるべく若手が持てるようにするにはどうしたらいいか。ポストもお金も全員に用意できるわけでもないこのご時世に、どうやって報いてモチベーションを高めたら良いか。どのように組織を活用していけば良いか。考えることはたくさんある。大事なのは、組織の形や既存の経営論ではなく、長期的なことを考えた上での、次の世代につなごうとする意識なのだと感じさせられた。