内田和俊「仕事耳を鍛える―「ビジネス傾聴」入門 (ちくま新書)」

いきなりですがお薦めの一冊です。
こういう本はたくさんありそうで、一方で本当にこれはためになるぞ、と思うものはそんなにない。しかしこの本は、こういう新書には珍しく、といっては悪いかもしれないが、とても有益で充実している。自分を振り返り、明日に生かしてほしい、という著者の気持ちがとてもよく伝わってくる。
我々が普段どのように他人の話を聞いているか、どう聞けばいいか、ということについて徐々に実例を挙げながら説明していくスタンス。特に重要だと思ったのは以下の2点。

1. 相手の話を聞く際にどうしても出てしまう『自動反応』を抑えること。

「自動反応」とは、相手が発したあるキーワードに対し過剰に反応して、相手が話をしている最中であるにもかかわらず、その発言を遮って自分が喋り始めてしまう現象です。(p94)

相手が求めていない時には、自己満足のためだったり、自分のプライドを守るためだったり、自己本位の話を交えないこと。あるある、と思ってしまうのは、身近に実にわかりやすく『自動反応』する人がいるからかもしれない。しかし、そういう自分とて、なんでもかんでもではないが、他人の話に先回りしたり、自分の都合の良いようにリスポンスしてしまうことは確かにある。誰しも少しは思い当たるところはあるのではないか。
相手の話したいことを、自分の先入観なくきちんと聴きとるのは実はとても難しいことだ、ということを改めて自分に思い知らせておこうと思った。

2. 相手の本音を聞き出すには、相手の質問の意図をつかんで反応すること。

ビジネス傾聴=相手の真意をつかむ+聴いた後の適切なレスポンス(対応や受け答え)です。(p184)

相手は悩みを聞いてほしいだけなのに性急に結論を出そうとしたり、逆に相手は答えや決断がほしいのに教育的だったり人生訓だったりという余計な会話をしてしまったり…。
相手の意図をつかんで、相手の欲しいリスポンスをすることもまた、重要だ。実例を読んだり、身の回りを振り返ってみると、この簡単そうなことがいかにできていないかを突きつけられる。相手は何か目的があって話をしている。相手に寄り添って話を聞けば、その目的を察して相手に答えを出してあげることができるはずなのに、自分に余裕がなかったり、ねじ曲げて聞いてしまったりすることはよくある。時間をかけて聞けば聞いたことになるわけでもない。実に、きちんと相手の話すことを聴くこと「傾聴」は難しい。

この本のすばらしいところは、こうして実例と整った整理で聴くことの重要性を教えてくれることだけではない。後半にいけばいくほど、具体的で実際的な会話のしかた、相手の意図をくんだリスポンスのしかたや聴きかたなど、試してみたい方法が惜しげもなくあかされる。特に6章はすばらしい。

それも、ただテクニックではなく、気持ちの問題にまで触れてくれているのが奥深いと感じた。例えば余裕なく仕事をしていてせっぱつまっている人にどのように声をかけるか。7%の情報量しか伝えない言葉に頼るのではなく、タイミングよくシンプルなメッセージを与えたり、柔らかな表情で同意を示して安心感を与えたりしたほうがいいこともある、との指摘などは、あんがい見落としがちだが、「聴く」ことをとことん考えるこの本に書いてあるととてもすんなり頭に入ってくる。
さらには、間を取ったり沈黙することで相手に考える時間を与えるのも「聴く」ことの一つだ、というアドバイスに至っては、これも読むと当たり前にすら思えるものの、相手の立場をとことん考えるという精神はこのようにして現れるのか、と感動すら覚えた。自分が出世するには、とか自分が成長するには、という気持ちはここにはない。それは結果として気づくことはあっても、それを目的としているうちには、他人の話をちゃんと聴くこと、良い仕事を仲間とすることはできないのだ。

互いが互いの話を聞いていない、負の連鎖が続く職場を、闊達な議論をできる場にするにはどうしたらいいか。変えられるのは一人一人だ、読んだ人がまず行動すべきだ、というメッセージは、強く読んだものの心に残る。ぜひ一読を。