フィリップ・ロス「父の遺産 (集英社文庫)」

父の遺産 (集英社文庫)
妻を亡くし老け込んだ主人公の父の脳に主要が見つかった。ユダヤ人移民として、苦労しながら働いてきた彼は、作家である息子へ思い出話を繰り返し、身の回りの品を片っ端から息子にあげていきつつ、自分の近づいている死との折り合いをつけようとしている…。
帯には「高齢化日本の必読書」とおおげさにあるけれども、それ以前に個人それぞれに自分と、父について深く考えさせてくれる物語だ。自分は父が老い、いずれ死を迎える時にどのように彼に接することができるのか。どのような遺産を受け継ぐことができるのか。
たとえば、父が幼い自分にかつて言ったことを、今度は自分が老いて退行しつつある父に言うようになる過程。またある時は、父の下の世話を自分がするようになる、父を自分が励ますようになる瞬間。どんな家でも、いずれは向き合わねばならない父子の関係の最後の変容を、二人の何気ない会話と、ともに過ごす時間を通して描いていく。
この物語をただ重いものにしていないのは、父子の会話の内容の豊富さとユニークさだ。父の昔話だけでなく、野球について、ボクシングについて、昔の歌について、芸能人について…ありとあらゆる話を父と子がして、互いに皮肉を言って笑ったりする。この、実に日常的で普通な会話は、普通に生きてきたように見える人にも物語があるものだ、という示唆とは全く逆にすら感じるものだが、それがかえって感動的にすら思えてくる。
こういう別な国で起こっている普通の会話、普通の日常を全く違和感なく読ませてくれる柴田先生のお仕事にも感謝。