小平桂一「宇宙の果てまで―すばる大望遠鏡プロジェクト20年の軌跡 (ハヤカワ文庫NF)」

ワイ島で稼働中の、日本が世界に誇る「すばる望遠鏡」。10年前から観測を続け新たな発見を次々ともたらしているこの望遠鏡が、どのような経緯を経てかの地に建設されたのか、その苦労を計画の推進者である研究者が語る。
研究者にもいろいろな分野があり、いろいろな人がいる。宇宙の果てを見るために望遠鏡を作ろうというスケールの大きな研究には、それを実行に移すまでに粘り強く交渉して他人を説得し、逆境においても毅然と前を向いていられるような推進力が必要である。気の長さも必要だ。実際著者もそうであったように、長いプロジェクトというのは、自分の現役のうちに成果が見られるかはわからない。こういう仕事を敢えてしようとするのは、たいへんな責任感と決断がいる。
もともとそういう政治的な仕事が向いている人もいるのだろうが、普通、研究者になるような人は、自分の好奇心と興味を自分のペースで満たしていくことに喜びを感じるものだ。著者にももちろんそういう部分があって、自分のやりたい研究・自分の家族との平穏な生活と、困難ではあるがみんなの切望する大きな仕事とのあいだで揺れ動く気持ちが描かれている。
しかし著者は、自分の時間を使って自分のやりたい銀河の研究に没頭するという、研究者として普通に望むような選択肢もありながら、国境を越えて仲間のために大きな一歩を踏み出す方向を選んだ。これは、とても勇気がいることだったに違いない。

天文学のためと言うよりも、自分たちのためにやってみようか。国境の壁を越えて、国籍にこだわらない仲間の世界を広げるために(p70)

誰でも直面せねばならない悩みではないだろう。研究者仲間からの信頼やリーダーシップあってこそ、厄介だったり身体を酷使せねばならなかったりする公共的な仕事が生じてくるのだと思う。それが必ずしも自分の思惑や人生設計と違うとしても、自分のやるべきこととして受け入れられるかどうか。そのあたりの心の動きが、読んでいて自分のことのように感じられて、考えさせられた。

自分のことだけやっていればよい若い時代はそんなに長くない貴重なものだ、とよくボスが言うのを聞いている。そのことを深く考えたことはなかったが、この本を読んで急にそれがリアルなものとして感じられてきた。ある程度の責任を負って仲間のために動かねばならない年齢になったとき、それをきちんと受け入れて、力を尽くせるかどうか。自信がないのは著者ですらそうだったと思うと少し楽になるが、家族や人生の残り時間を考えていかねばならない年齢がいずれ来ることは、覚悟しておかねばなと思った。

望遠鏡建設の理解を求める永田町の政治家まわり、面倒な海外における業者との折衝、資材の購入と運搬について、事故の対応、海外で研究する研究者の生活のための予算をつけてもらうまでの苦労など、細かい苦労がてんこもりにこれでもかと書かれていて、華々しい瞬間などほとんどない。逆にこういうところが実に現実なのだと思わされて、読み応えのある一冊だった。